福岡から来た緑の協力隊松本君に手伝ってもらってモナデラ(南平)への道開けをした。
松本君が島に来てから一ヶ月以上過ぎた、彼が通りを歩いていると皆が声かけしてくれるおかげでひましないですよと嬉しそうに話してた
様々なサービス業のない島は自助が原則、皆さんけっこうと器用に何でもするのだが、高齢化する事は器用で頼りになる男手を失う事でもあるようだ、緑の協力隊は季節の作業に合わせてばば達を強力にサポートしてくれる。

篠竹のトンネル道登って行くモナデラへの道は毎春に更新する。
ばばの若かった時、そこは一面菜の花畑だったり背高の胡麻の花で紫色に染まっていた事もあった。蚕を飼っていた事もあったかも知れない、大きな実がつく桑の木が植えられていた事もあった、放課後に母と祖母が作業する側で、桑の実を摘んで瓶に詰め萱の枝でつつて飲んだ桑の実ジュースはとても甘くて美味しかった、口や歯が紫色に染まってしまう事だけは困りものだったけど......
お金持ちでは無かったけど貧しくは無かった時、観光業以前の海山が家族を養っていた頃の話だ。
モナデラの今は、ばばが植えたスモモと梅の木がゆっくりと腕を伸ばし、柔らかい緑の葉っぱがふかふかのじゅうたんのように三つ葉が密生している。
10時頃から始まった作業は頂上に着いて丁度お昼..やっと食べれと進め上手のばば。
ちびっこい梅の実、6月になれば関東方面から恒例となった梅もぎ隊がやってくる
お出かけ予定のばばはお土産に持って行くと三つ葉の始末