仕事についての考察はもう幾度となくやってきたので割愛する^^



さて、今青年たちが置かれている状況は一体誰が作ったのか?



という話をしたい。



もちろん、当の青年達ではない・・・彼らは、作られた環境に送り込まれているだけなのである。



恐らく、この環境を作ってしまったのは、我々50代以上のおっさんたちである。



かつて、団塊の世代では与えられる環境に反抗した時代もあったが、それ以降は阿ることが主流となってしまった。



そして、反抗する者は敗者となり、阿る者が勝者となった。



その現実に立ち向かえる者はいない。



そして、我々は、与えられた環境に自分を入れ込むしか生きていけなくなったのである。



そこには、何故働くのか?とか、もっと言えば、何故生きるのか?という意味はない。



だから、環境に入り込めなければ死を迫られることになるのだろう。



こう見えても・・・実際には見えないが^^;私は未だに、その環境を変えるためになすべき事をしている。



今の青年たちが、苦境に陥った責任を感じている者の一人である。



こういう社会は間違っている。



環境とは変えるためにあるものであり、苦しみを抱いて馴染むものではない。



恐らく、渦中にいる者たちには、この意味は分からないだろう。



だけど、死にたいと思うほど苦しむのであれば、その状況に違和感を覚えるべきではなかろうか?



全ての人間は、自らの幸福を得るために生まれてきているのだ。



人は全て異なる。同じ人がいないからこそ、本来は、その目的は達せられるのだ。



だが、今の世の中は、同じ人ばかりいて、同じ幸福を追いかけさせられ、結局、誰も幸福にはなれない。



その状況が、人を死にたいと思わせているのである。



多くの人は、そのことを感じることさえできない。



与えられる幸福という絵に描いた餅を目の前にぶら下げられて、必死に追いかけて人生を追えるのが関の山である。



苦しい時ほど冷静になろう!原点に帰ろう!何故ということを考えよう!



それだけで、本当に進むべき道は見えてくるはずである^^