少子化が一向に改善されない日本。先進国を見ると大抵が少子化傾向にあるようだから、自然の流れなのかもしれない。

日本人と日本国民。言うなれば、民族と国家という話になるのだろうか?

未だに世界はこのことに苦しんでいるような気もする。幸いにして、我々日本人は日本民族による日本国家というものを形成しているので、世界が苦しむこうした問題を理解できない立場にいる。

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という状況が、近年、日本人が必ずしも日本国民でないという状況を浮き彫りにすることになっている。日本人でありながら日本が嫌いになる人もおり、自らの意志で日本国籍を捨てる人もいる。

これとは、対照的に昨今、日本大好きな外国人が増加傾向にあり、訪日外国人旅行者、初の1000万人突破という状況になっている。こうした外国人の中には、日本に住み日本国民になりたいと思う人も増えているのではないだろうか?

世界では密かに日本ブームなるものが起こっているともある。日本食であったり、日本品質であったり、アニメであったり、多種多様なものが世界から評価を得ている。その中でも、日本人の礼儀や日本の安全などは、日本への渡航を楽にするのではないだろうか。

こうした状況は、少子化に苦しむ日本にとって良い環境と言える。

国家というモノは、国民が力を合わせて支える組織である。そこには、お互いさまという助け合いの精神がなければ成り立たない。他人の助けを必要と思わない人にとっては不要のものになるだろう。

そして、国家というモノは、その国が目指すものを示している概念である。これまでは、民族主体であり、概念はそれほど重要ではなかった。だが、21世紀は、その概念が問われていく。

民族で分けるのではなく、考え方、主義主張によって人が分かれていく。日本人であっても、日本国の考え方に合わなければ、日本国民をやめて違う国の人になるということだ。

大事なのは、自分が何人かではなく、何を欲するかということになる。その欲するモノがかなう国を探す時代は近い。もちろん、最初に来るのは、欲するものを叶えられる国を創るという発想であるのは言うまでもない。

民族が横断的に移動すれば、世界から戦争は完全に消滅するだろう。逆に言えば、宗教とか民族で人を括るのが間違っているということでもある。決して、人が間違っているのではない。

人々が、こんな国になったら素晴らしいという思いから国家が生まれ、そういう思いを共有する人たちが集う。他国がどうのこうのではない。他人がどうのこうのではない。

常に、我々人間に求められるのは、自分がどうしたいのか?どう生きたいのか?である。

そして大事なのは、こうした思いから発せられる力が、不可能を可能にし全てを実現できる世界を築けるということである。もちろん、これまでもこうした思いが人類に偉大なる発展をもたらせたのであるが、これからはそれが更にパワーアップするということになるだろう。

我々は理想を夢見るために生まれたのではない。理想を実現するために、生まれたのである。そのために我々は、各人が個々に定められたそれぞれ異なる使命を全うすることが求められるのである。

それを知ることは大変難しくはあるけども・・・^^;