「公共事業 」による社会基盤整備は、日本における発展の土台であるようだ。それは、徳川幕府を支えた普請に起因するのではないだろうか。ただ、普請と公共事業がことなるのは、ボランティア精神であるような気がする。
そもそも、社会基盤整備を行う場合、そこで暴利をむさぼってはいけないと思います。どちらかといえば、手弁当で少しでも安く仕上げる。日本における公共事業は、かつて暴利の事業でありました。しかし、そのお陰で土木技術は格段に進歩し発展した。
土木業界が、日本の景気に大きな貢献をしたことは間違いない事実でありましょう。しかし、バブル崩壊以降、公共事業の削減や競争入札によって、公共事業のうまみはなくなってしまい、土木業界は衰退した。
確か、日本が本格的に活気付いたのは、悪名高い田中角栄元総理の「日本列島改造論」による、大規模な開発が大きな牽引力を生んだのではないかと思います。
もし、ああいう発想がなければ、今日の日本の繁栄はなかった・・・・のかもしれません。
で、現在、日本は窮地に陥っている。それは、未来への展望がないからに他なりません。未来に対して、どう投資すべきなのかということが明確に出てこない。言い換えれば、目標を失っているからであると思います。
それは、どういう国にするのか、というビジョンでありましょうが、そういうものは抽象的になり明確に出来ないわけです。投資すべきものが明確になれば、活気が生まれます。現在は、金融や財政の小手先論ばかりで、大抵の人に何ら活気を与えるものではない状況だと思います。
言い換えれば、難しい金融理論ではこの難関を切り抜けることは出来ないということ。何故なら、景気とは国民の気分であるからに他ならないと思います。それを醸成させるのが政治であると思うのですが・・・・・
それどころか、国民の気分を益々悪くさせ、状況を更に悪くしそうな気配もある。八方塞とは、打つ手がないのではなく、何でも出来るという状況だと思うのですが・・・・優秀な頭が、何でも出来るという単純な発想を打ち消している。そんな気がします。