理論上、面白い話は出来ない・・・・
それは、経験によって感じたことである。
私は、まじめである・・・と、見えるそうだ。しかし、どちらかと言えばナイス害 と同類だ。面白いことが大好きである。人生泣いて生きるか笑って生きるかなのだろうが、圧倒的に後者である。
っていうことで、結構、常日頃面白いことばかりを考えたり、探したりする。今、最も面白いのは、やはり政治である^^;
それはともかく、面白いことばかり考えていると、そのうち何か思いつくのだ^^ 魚釣りで言えば、魚が餌に食いついた瞬間である。で、そのことを家族に教えようと思うのだが・・・・
思いついた瞬間、おかしくて笑いが止まらなくなるのだ^^;で、笑いが止まると、実は面白くもなんともない話だったりする・・・・^^;いわゆる笑いの壷っていうことだろう。
これを見た、一族の反応は実に冷たい^^;「何がそんなにおかしいの?」だって・・・確かにそうである。何も言っていないから、家族にはなんのこっちゃ・・・アホかっていうことなのだ。
面白い話っていうか、おかしい話が適切である。一応、自分で突っ込んでおく^^;
これは、人のメカニズムの限界だと思うのである。いわゆる出来そうで出来ないこと。
つまり、何が言いたいかと言えば、そこに錯覚が生じるということである。例えば、面白い話をたくさんする人が面白い人という定説である。むしろ、それはそのことについて面白いと感じていない人かもしれないのだ。
見た目と違った真実がそこにある・・・・事実は小説よりも稀なりという言葉があるくらいだ。なるべく多方向から、色んな角度から見なければ見えないものがたくさんある。その角度を変える作業を怠ってはいけないのだ。