だそうである。ここで、尖閣問題を面白いたとえ話にしているので暇な人は見ると笑えるかも^^;

庭に生えている柿の実論争だ^^; 柿の実の重要性は問わず、取られることにむきになっている全く持って貧しい発想の持ち主であるとしかいえない。今時、柿の実を誰が食べるのだろう・・・

まあ、こういう品疎な想定は笑い飛ばすに限るわけで、以前も書いたように、中国は相当やばく今や瀕死の状態と言っても良いだろう。ロシアが今一不透明なのだが、メドベージェフも同様の危機感を持っているようだ。

西側の投資歓迎するロシアの内情 」という記事を見ると、どうもあの国は資源だけでは生けれないようだ。自国の圧倒的に乏しい生産力が心配なのである。そして、圧倒的に生産力の高い日本に助けて欲しいのだろう。「どうして、お前のところはジャップなのにそんなに生産力が高いんだ」って思っているに違いない。まあ、橋本知事 のように、素直に学べば良いのだろうが、プライドがあるから出来ないわけである。

逆に言えば、どうして日本がここまで成長できたのか・・・ということが見えてくるのだ。つまり、プライドがない。恥も外聞もなく、何でも出来る。猿真似であろうとエコノミックアニマルと呼ばれようと気にしない。これは、ある意味本能である。つまり、自然である。生きる力という奴だ。

しかし、近年日本人も勉強し賢くなりプライドなんていう馬鹿げたものを持つようになっている。だから、物事の本質が見えないし、結果も出せないのだ。欧米直伝のユダヤ推奨の教育を熱心にするとこうなるのだ。過去の実績や理論ばかりを論じて、やる前からやった風な口を利く。物事は、失敗して初めて意味が分かるのである。

本当を言えば、それが本来の教育である。学ぶとはそういうことだ。頭で学んでも何の意味もない。むしろ、弊害が大きいのである。頭でっかちに待ち受けるのは閉塞感だけである。というのが、現在の世界情勢ではないだろうか・・・・