久しぶりに、教育についてである。


私の全ては、恐らく、教育によって培われている。


全てを学べるのが、子育てである。


人は、人を教えることによって、全てを知ることになる・・・・


そういう経験をしたので、何故、教師がそれを出来ないのかが一番の謎である。


はてさて、タイトルの様な母親というのが結構いる。


皆さんは、理由が分かるだろうか・・・・?


答えは、タイトルに書いてあるのだが・・・・


つまり、子どもが笑わないと泣くようでは、子どもは笑えないということだ。


それは、子どもは自分を見て行動するのではないということを意味する。


じゃあ、誰を見ているのか・・・? それは当然、母親である。


見ている母親が泣いている・・・・それを見て、子どもが笑うようだと・・・むしろ、まずいのではないだろうか?


つまり、子どもが笑うように育てたければ、母親自らが、笑って生きれば良いのである。


この簡単な設問が・・・意外に最も難しい設問になる。これは、母親になってみれば分かる。


何故なら、母親は子どものことしか見てないからだ。つまり、母親の強い愛情の裏返しなのである。


これをして・・・・愛は盲目という言葉が生まれるのである。


恐らく、これを正すのは父親の役目であると・・・・私は思っている。かつ、そう実行したわけだ。


これを実行するのは、母親と相当な軋轢を生じる・・・・場合によっては不仲を生む。最も危険な技となる。


しかし、父親とて下手すると、母親と同じ目線になる可能性が高い。こうなると、誰も救われないとなる。


恐らく、それを救うのは・・・・・じぃーじ・・・だと思っている^^


しかし、その軋轢は更に厳しいものになるかもしれない^^;