民主党政権の特徴は何だろう・・・・


最近は、細かい政治には無頓着になっているので、漠然としたことしか見えていないが、例えば、仕分けというものを大事にしている。役人が作ったものを、裁判官のように善悪を判断し、有罪・無罪という結論を出す。


それは、まるで自分達が全てを見通せるとでも言いたいように見えるのは私だけだろうか?


私は、先だって「政治家とは 」という記事を書いている。その中には、この裁定というものを含んでいなかったので、こういう作業に違和感を抱いているわけである。出された案を裁く・・・・


むしろ、政治家とは立案側であるはずだ。自分がプランを持っているからこそ政治をやりたい・・・・というのが本当ではないのだろうか。だとすると、一体彼らは何なのだろう・・・?って思えてくるのである。


言い換えれば、プランがないということが浮き彫りになるのではないか・・・・


そう言えば、下野した自民党とて同じである。今何をしているかと言えば、自分達が行った政策の検証・反省ではなく、民主党批判である。概ね、他者と批判する人たちというのはプランがない人が多い。


何故なら、プランがある人は、他者と批判するより、自らのプランを実行しようと思うからである。もちろん、批判しながら、自らのプランを実行させようとする高度なテクニックというものもあるが、そういう人であれば、下野することはないと思われる。


人間は何かをやることが重要なのではない。そこから得られる結果こそが重要なのである。その結果が全ての裁定を行う裁判官みたいなものである。そして、その結果をつぶさに検証することによって、次に成すべき道が見えるのだ。


政治家にプランがないというのは、この作業を怠っているからに他ならない。この検証とは、自分の姿を鏡に映すことであり、それを見ずして次なる行動は取れないのだ。これを一般に無謀と呼ぶのである。


自分の姿が見えない者ほど怖い者はない。無謀な人が起こす行動を暴挙という。自分の姿が見えない人は、自分が神であると思ってしまう。だから、平気で人を裁く。神様は人を裁くのが好きである。裸の王様・・・この言葉を知らない人はいないだろう。


人は、常に反省するから人である。不完全なアルゴリズムなのだ。いかなる努力を払っても、それだけは永遠に変わらない。いや、絶対に変わってはいけない。完全なアルゴリズムは停止するからである。完全と思い込むだけでも停止するのだ。


そういう政治家を見て、国民も我が振りを直すべきである。