我々を取り巻く様々な問題。


多くの人は、その解決に向けて日夜努力を続けている。


問題が起こることやなくならないことに嘆いている人も多い。


じゃあ、その問題の根幹は何なのか?ということを誰も気にしない。いや、それを気にしちゃいけないような雰囲気さえある。それは、何のなのか・・・全てはお金で解決できるという現実である。まあ、全てといっても決して100%ではなく、99%程度である。


例えば、不登校が問題だという。それは、突き詰めていくと、社会に適応できない可能性を言っている。適応できないとは、お金を稼げないということだ。逆に言えば、資産が億単位であれば全く問題はないわけだ。


例えば、外交。中国が脅威であるとか、北朝鮮が脅威であるとか言う。侵略されて奴隷にさせられる。または殺されるなどという。だけど、お金があれば安全なところに逃げればいい。更に言えば、中国や、北朝鮮を買収すれば脅威はなくなる。


アルカイダが危険だという。しかし、彼らに一人ずつ会って、家族と生活できるお金を与えれば、テロなんて馬鹿なことは意味を無くす。だって、そういうものを持つよりも楽しいからである。楽だからである。


じゃあ、逆に言えば、もしそういう風にお金をふんだんに湯水のごとく使い、それらの問題が解決したらどうなるのか・・・?


いらない組織が見えてこないか?不要になる人間達が見えてこないか?


そう、まず国家というものは不要になる。お金を排出する機関だけがあれば良い。喧々諤々議論する必要もない。難しい論理で難しい問題を解いていく必要もない。常に人々に問われるのは、最も単純な問題・・・・


人は何故生きるのか?ではないだろうか。


何の生産もしない人たちが必要なくなるのである。社会において、最も弱い人たちだ。弱いから頭を使う。本当のことを隠すのである。これは、人という動物界にあって最も劣る種類が最も進化した原理と同じである。


この支配から、逃れられなければ普通の人たちの奴隷のような生活は終わらない。問題とは何かを隠すヒントである。その誤魔化しを見破ることが大事である。誤魔化しは必ずボロを出す。だから、世の中に問題が溢れているのだ。


そして、その根源は一つになっている。出先を潰しても、根源がある限り決して解決は出来ない。

また、姿を変え、顔を変え、私たちを悩ませるのである。


まあ、それを楽しんでいるようにも見えるのだが・・・・