今、グルッポでこれをテーマに議論しています。


我々市民が、何故、奴隷のように扱われるのか?


それは、恐らく、仮想現実によって操られるからであろうと思うからです。


皆さんは、自分が仮想現実の世界では生きていないと思っているかもしれない。


しかし、私達の周りは、現実よりも仮想現実のほうが圧倒的に多いのです。


仮想現実とは何か・・・・?端的に言えば「嘘」であります。


最も代表的な「嘘」は世間という言葉でしょう。客観という言葉もそう。これらは、話しての思惑によって如何様にも操作できるわけです。何故、操作できるかといえば、確認のしようがないから・・・一体、世間とか客観というものは誰に確認したら良いのか誰も分からないのです。


後は、そう思うであろう・・・という想像であり、そう思うだろうという妥当性によって支えられているに過ぎない。


主に、親が子に、教師が生徒にと、上位者が下位者に対して話すときに用いる言葉です。この言葉に反論は出来ない。この絶対的権力が人々を黙らせ、押し殺していくわけです。


これらの嘘によって手名づけられる。そこから、我々の奴隷的な人生が始まるわけです。


他人を思い通りに動かすには、こうした嘘で作られた仮想現実に他人を押し込めれば良い。その中に入った他人は、入った時点で現実の世界であると錯覚を起こし、その世界に順応してしまうわけです。


その中で流す情報や命令によって、恐らく、人は面白いように動くことでしょう・・・


今、自分がこの状況なのかどうなのか?是非、探ってみてください。自分では、現実世界に生きているつもりが誰かの思惑によって作られた世界で生きているということはないでしょうか?


今や、科学の力はこの仮想現実を更に協力に操れるようになってきました。これからは、更に仮想現実を見分けるのは困難になることでしょう。もちろん、その中で生きることを選択するという方法もあります。


ただ、それは理解しての選択でなければ意味がない。いや、もったいないと思います。


自らの意思で決めるのであれば、奴隷からの解放になると思いますが、そうでない場合は、奴隷として人生を終えることになる。もちろん、それで幸福を得る人もいるでしょうが、そうでない人のほうが多いように思います。


だから、社会が病むのです。人間社会の病みは、この問題を私達に教えているような気がします。