何かの本、確か「神様はいる」とかいないとかの本だったのですが・・・
ある神父が、街中で餓死しかけた人を抱えて、神に「何故、こういう人を作るんだ~、何故、神は助けないのだ~」と叫んだら、神が出てきてこう言ったそうだ。「だから、神はあなたを使わした・・・」
うまい逃げ口上だと思った・・・が、しかし、それが神がいないという現実であると思った。
言い換えれば、世の中というものは、困っている者、窮地にある者が自ら動いて変えるしかないのであるという考え方であり、恐らく、歴史とはそうやって動いてきた真実であるということではないだろうか。
私がウイルス扱いして悪く言うユダヤだってそうである。武力に対抗する手段として、知力を重んじて抵抗したのである。しかし、残念ながら知力とは凄まじい権力を持ち、人を武力以上の力で押さえつけ封じ込めるという力を持っていたのだ。
そういう状況を、新たな奴隷制度と称し、これをどうやって打ち砕くのかということを考えているわけである。
今や、貧しき者や辛い現状を抱える者、弱い立場にある者は、あくに近い存在に追いやられ、誰もがそこから逃げることだけを考える世の中になっている。それを支配しているのが知性であるから、それは信じがたい現実であるとも言えるだろう。
知性とは、人を幸福に導くものであり、豊かに導くものであるはずである。しかし、現実には知性の差によって、人を差別し蔑む道具にされてしまっている。この原理によって、人々を奴隷のように扱い、昔には考えられなかった悲劇をもたらす。
常に、見える敵と戦っていた人類は、見えない敵に翻弄され、必死に敵を作るが、結局、その敵は幻影であるから、何度倒そうとも、まるでゾンビのように生き返るし湧き出てくる・・・人間社会は混沌としている。
人には生きる本能がある。恐らく、その本能が学ぶことを拒絶している。知性を拒否し始めている。そういう人たちは、概ねヒエラルキーの最下層に誕生しているし、結果として、そういう最下層に行かざるを得ないのである。
私は、この人たちこそが一番重要だと思っている。この人たちこそが、世の中を変える原動力になると思っている。私のメッセージは、常にこの人たちに向けている。学ぶことが大事なのではない。常に、人は感じることが大事なのであると思う。