「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな 」という言葉があります。
実り豊な人ほど頭が低い・・・・つまりは謙虚であるという意味で使われますが、それだけではないような気がします。
人間において実りとは、知識や経験を指すのでしょうが、それは謙虚という状況を引き起こすのと同時に、自らの過ちに気付く人ではないかと思います。
つまりは、キチンと謝ることが出来る人となるのではないでしょうか。謝る相手の心情に添った謝罪が出来る。言葉にすれば簡単ですが、非常に難しいことであると思います。
現在の日本においては、全く逆の状況であります。謝ることは自らの過ちを認めることであり、それは恥ずかしいことである。従って、上の階層に行けば行くほど謝らない。
一体誰がそう言い出したのかは不明でありますが、今や暗黙の了解として常識となっています。
これは、人と人とのコミュニケーションにおける基本となるのでしょうが、そこでこうした本末転倒社会になっている。本当は、こういうところに疑問を持たなければいけないと思います。
人は神様ではないので間違いを犯します。でも、それだから成長する。無限の可能性を秘める要素でもある。しかし、その過ちを認めなければ性質の悪い神様となるでしょう。
いいえ、それは天国にいる神様ではなく、地獄にいる神様。自らの成長を自ら止めて、息苦しい洞穴で暮らすようなものなのです。それは、自らを不幸にし人生を台無しにしてしまう麻薬のようなものであると思います。
自らが謝る者は、他人を許すことも出来るようになる。これが、人間社会の基本になければ、この世は地獄となるでしょう。それを為すのも為さないのも我々人間であると思います。