振り込め詐欺 が横行し大きな社会問題になっている。昨年の被害総額は275億円になるらしい。
騙すというのは犯罪であり「悪」の象徴であろう。しかし、それと同じような食品偽装はどうなるのだろう。処罰されることも無く再発防止策を指示されるのみである。
更に言えば、学校で勉強すれば幸福になれると教えてきた政府はどうなのか・・・・多くの国民は騙されたと思っているのではないのだろうか。そして、これは皆が言う「悪」とは違うのか・・・・
細かく検証すれば山のように考えられるのである。
しかし、今回は振り込め詐欺という一般に言われる「悪」について考えてみる。以前、私は「善は人を殺し、悪は人を生かす 」ということを書いた。
もし、振り込め詐欺が存在しなかったらどうなるであろう。少なくとも、昨年の消費額から275億円という額が差し引かれることになる。この金額は中小零細の企業をいくつも潰すのではないだろうか。
それによって、失業や家族離散が今よりも増えたのではないだろうか。振り込め詐欺は、貯蓄する為に行なわれるものではない。お金に困ったものが生きるために行なっている。もちろん、生活資金のみとは限らない。遊興費の方が大きいかもしれない。
しかし、いずれにしても犯人の口座に貯蓄はされないのである。お金とは、市場を流れてこそ意味がある。タンスに入れておけば紙くずだし、銀行に置いとけばデータに過ぎない。
犯人たちは悪を行なったと称されるが、見方を変えれば、お金を紙くずから開放し、データから開放したと言えるだろう。つまりはお金に命を与えたのである。そして、自らが生きることに使われ、きっと誰かを生かしているはずだ。
しかし、社会では、それは悪と称され罰せられるのである。もし、それが無かったら何人かの命が絶たれていたかもしれない。「悪」を罰するのは「善」である。「正義」である。
人間とは盗んで生きるものである。土に生えている食物を盗み、海に泳ぐ魚を盗み、地上に生きる動物を盗んで生きるのだ。しかし、これらを盗むことを「悪」とは呼ばない。何て身勝手存在であろうか・・・・・
つまり、この世で一番大事な事は生きることではないのだろうか。我々が生きるために、お金という血液を循環させればうまくいくのではないかと私は考えるのである。
そこに善悪はない。全ての人たちが生きれるように知恵を出すべきではないだろうか。善悪で物事を決めると人は死ぬ。だって、人は悪の中に生きているのだから・・・・・