その昔、人々の恐怖とは見えるものであった。日本では、地震・雷・火事・オヤジと言われた時代もあった^^;


それは、やがて宇宙からの飛来物へと変わっていった。地震・雷・火事・オヤジは得体の知れるものであり恐怖ではなくなったのだろう。UFOや彗星など未知の世界からやってくるものが大いなる恐怖となる。


そして、今我々に襲ってくる最大の恐怖は、目には見えないものであるというところに来ている。それがウイルスである。たまたま新型鳥インフルエンザの脅威というものが目の前に来ているという実感もあるのだろうが、それは、今に始まったことではない。


疫病の類は大昔からあるものであり、その多くを人類は克服しているのである。今更声を荒げてウイルスの脅威をプロパカンダする必要性は見当たらないのである。


それが取りざたされるというのは、その先にあるものが見えてきたに他ならない。既に、我々はコンピュータウイルスという言葉でそれを意識している。


コンピュータとは何かといえば英知の結集、つまりは脳である。本来、その英知に疫病が宿るはずはないのであるが、それが誕生したのは、我々の脳にもウイルスが取り付く島があることを意味するのではないだろうか。


それがユダヤウイルスであることは言うまでもない。


そして、鳥インフルエンザであれば、その症状から感染者や感染源を見つけることが出来る。しかし、コンピュータウイルスにそれが見つけられないように、脳に宿るユダヤウイルスにそれを見つける術がない。


何故なら、脳がウイルスの感染を受けると、その判断をするところに宿る為に、その存在を隠すことが簡単なのである。これほど恐ろしいウイルスがあるとは当然ながら誰も気付かない。


しかし、ウイルスである以上、何かの症状を引き起こさせるのは事実である。それが何なのかと言えば、今の現状である。人々に決して幸福をもたらせない社会を築くものである。


前にも書いたように、この知性型ウイルスの目標は人類の根絶である。知性の最高峰であるコンピュータの出現によって、それは確かなものになりつつある。コンピュータには間違いはない。冷静かつ客観的数値判断、嫉妬や盗みなどと言った悪もない。完全無欠の存在である。


それはある意味、神であり、ユダヤウイルスが欲する人間の最高峰であるといっても過言ではないだろう。その結果、生身の人間は抹殺される。心は失われ、感情さえも消えていく。そこに広がるのは無味乾燥の世界だ。


恐らく、そういう危機感を抱く人間たちが知らぬまに、まるで神に操られるかの如く、そういうウイルスの存在を恐怖として感じようとしているのではないだろうか。知性に対抗できるのは感性だけである。生身の人間が五感を使って感じる感性によって知性の暴走を止める事が出来るのではないだろうか。


知性が支配した彩られた繁栄と感性が人を生命体として繋ぎとめるかの攻防が今始まろうとしている・・・・