21世の現在、最も醜い争いをしているのはどこだろう。


それは、誰もが知っている通り宗教間の争いである。私は宗教に興味がないので彼等の争いは理解できない。ただ、果たしてキリストとムハンマドが共存したら彼等は直接争ったであろうか。私にはそうは思えないのである。


宗教は人を生かすためにある。その宗教が実は人を殺しているという事実をどう受け止めるのだろう。宗教とは善であり、その善が人を殺す。そして、世の中に蔓延る悪と呼ばれるものが人を生かすのである。


エッと思われるかもしれないが、例えば、日本で最も悪と異名を取る893の存在は誰もが恐れるものである。しかし、その組織が無ければ生きていけない人がいるのは確かである。そして、その悪を裏で生み出しているのは善である。


善の世界からはみ出す者を人々は容赦なく切り捨てる。つまり、殺すのである。それを支える思考を生み出すのが宗教である。そして、抹殺される力から逃れる為に悪となる。つまりは、生きるためには悪に染まるしかないのである。


そして、その悪を成敗する為に正義を標榜する幕府が誕生するのだ。一方では悪を作り出し、一方ではそれを成敗する。悪の存在なしに正義つまりは幕府の存在もあり得ないのである。ここに宗教と幕府の思惑は一致するのである。


しかし、決して宗教の言いだしっぺのキリストとムハンマドはそういうことを望んだのではないだろう。では、一体誰がそう仕向けているのか。皆さんは「トラの衣を借る」という言葉を知っているはずだ。つまりは、宗教という衣を借る人々、幕府という衣を借る人々の仕業なのである。


そういう人たちの手によって、我々は悪へと追い込まれ、やがては成敗される。それを彼等は善と呼び、正義と呼んでいるのだ。この21世紀という時代にあっても、その魔法は中々解けない。全ての事柄は、その魔法を解く為に起こっていると私には思えるのだが。


我々日本人には、幕府の大きな犠牲を経験している人が未だに沢山生きている。しかし、彼等は決して犠牲とは思っていない。何故なら、善や宗教に裏打ちされた深い信仰があるからに他ならない。それが人を苦しめる魔法であることを知らないのだ。


魔法を解く鍵はたくさんあるのに・・・・・・もったいない話である。