テレビでいっていたが、ローマ帝国を支えたのは奴隷制度であったらしい。やはり、国家の繁栄とは奴隷の歴史であることは否定できないようである。


完璧な奴隷制度とは何だろうと考える時、完璧な詐欺をイメージしてしまう。それは宗教というものに通じるのかもしれない。完璧な詐欺とは、騙される人に騙されたことを気付かせないということである。それは、もはや、当事者にとっては詐欺ではなく真実となるであろう。


ローマ時代の奴隷制度とは、端から見て分かるものである。主人も奴隷も、それぞれがそれぞれを認識しており、誰も騙されてはいない。そうなると、同じ人間として生まれながら、主人と奴隷というあからさまな違いに不満や疑問を感じることが起こるのは当然の流れではないだろうか。


その根幹には、人は自らその地位に生まれたくて生まれてくるのではないという現実があるからだと思う。


そういう思いから、時間の経過によって奴隷制度というものはこの世から表面的には姿を消すことになる。しかし、奴隷がいなくなれば世の中が回っていかないのである。奴隷がやっていた仕事は一体誰がやるのか。


そして、それを為すために「報酬・ご褒美」という発想が出てくる。言うことを聞かない悪ガキだって「ご褒美」をあげれば簡単に言うことを聞く。それは、犬・猫だって同じことである。


そして、そのご褒美制度が、折角解かれた鎖を自らが結びなおす行動を促すのである。これで完璧な奴隷制度の完成である。


何度も言うように、そういうことが必要な時代は確かにあった。しかし、あらゆる進歩によって本当は、そういう制度が必要でなくなっていったのである。全ては必要から生まれる。逆に言えば、必要のないものは消えていくのである。


そして、今消えようとしているものは何なのか・・・・・自ら進んで奴隷制度に応じてきた人たちが、必要のなくなった奴隷制度から本当に開放される時であると私は思う。