世界を代表する企業が倒産寸前の状態に陥っている。あのトヨタですら赤字になるそうだ。中小・零細企業では日常茶飯事に起こっていることが、起こりえないと思われた大企業を襲っている。
企業を船に喩えると、小さい船は修復や再建造は容易いが、大きい船は難しいというのが分かるのではないだろうか。傾きだした大型船を立て直すことは恐らく不可能であろう。
さて、今回世界中を覆う危機において、一体誰が得をしているのかを考えてみた。経済界というのは一つの奴隷社会である。「勤労は美徳」という考え方と「働かざる者食うべからず」という思考から生まれる精神的な呪縛である。
労働者は、この不況で職を失い、生きる不安に襲われているが、この不安によって人々を拘束するのが新・奴隷制度である。一方で、生産効率の向上と企業経営論理は確実に、人から職を奪っているのは確かである。
一見、経営者は奴隷ではないように見えるが、私から見ると地位の高い奴隷であるとしか見えないのである。それは、全ての国民が同じ教育環境で育まれるからそうなるのだろうと思う。
この吹きすさぶ荒波に殆どの人々は恐怖に陥れられている。しかし、こういう状況にあっても安定した陸地にあぐらをかいて座っている人がいるのをお気付きであろうか。彼等が世界を支配する犯人である。
しかし、彼等とて自らが犯人であることを誤魔化すために今必死で働いている。物事は正直である。誰が得をして誰が損をするのかということを見事に現すのである。その事実をしっかり見極めなければ何も変わらないのである。
犯人が自ら名乗り出る事はない。あぶりだされた犯人を処罰するのは主権者たる国民ではないだろうか。しかし、その彼等とて同じ主権者である。ただ、民主主義という数の論理でいけば圧倒的に少数派なのである。
圧倒的に多数を占める奴隷的立場の国民がキッチリと目を見開いて事実を見つめるならば、この危機は危機ではないことが分かるはずである。この危機は、社会の真の姿を見せる為の嵐である。目に付いた鱗をそぎ落とす為に天から与えられたチャンスである。
社会を牛耳る真犯人から施しを受けてはいけない。それは、我々主権者が奴隷へと戻される儀式である。主導権は我々主権者が握らなければいけないのである。