主権者 とは一体どういうものなのでしょうか・・・・・


国家の主権を有する者という事ですが、わが国において大日本帝国憲法下では天皇であり、日本国憲法下では国民という定義になっています。


この二つの違いは一体何か。前者は個人であり後者は集団であるということだけではないかと思います。主権という意味においては変わるはずもなく、違うのはそこだけ。


で、前者と後者で決定的に異なるのは、前者の場合の主権者は金銭目的の労働をしない。後者の主権者は、金銭目的の労働をさせられるということではないでしょうか。


金銭目的というのは、即ち食べる為に労働を強いられるということ。生きるために、やりたくもない労働を強いられるということではないかと思います。何故、主権者が一人であれば、労働を強いられず、全体になると労働を強いられるのか。


昔から労働を強いられる人のことを「奴隷」と呼んでいました。例えば、君主が一人だけ遊んで暮らしていると、奴隷的立場の人は普通は反感を持つ。だから、君主は反感をもたれないように聖人であらねばなりません。少なくとも公衆の面前では。


それを怠ると、君主と言えども絞首刑にされることがある。そこで、君主は考えた。もし、主権を国民に与えたらどうなるだろうと。国民から見える高い立場にいることで、多くの監視と制約を受け息苦しい生活を送らなければならない。


ちょっとでも国民から反感を買うと、命すら危うい。これでは割に合わない。もっと楽に遊んで暮らせる方法はないものだろうか。そのためには目立たないことである。大衆の目線から外れれば、自由に好き勝手が出来るのである。後は、そのための財産があれば良い。


主権を譲り受けた大衆は、本来、遊んで暮らせるはずなのに、奴隷的身分を解き放てるのに、それでは社会や国家が成り立たないという主権者としての責任に目覚め、更なる労働へと自らを追い込む羽目になった。


嫌々奴隷にすると人は奴隷から逃れたいと思うのだが、自ら進んで奴隷になると、そこから抜け出そうとは決してしない。世の中をいや国家を支配するには、国民自らに考えさせ自発的に行動させるに尽きるのである。


かくして、主権者とはなったものの、それは名ばかりで実態は国家の奴隷として人生の全てを奪い取られている。しかし、それは国家からの強制ではなく、自ら進んで行なっているから誰も気にもしない。完璧な人間管理システムであると私は思う。


主権者が解雇される???リストラされる????差別される????虐待される????戦争に行かされる???税金を取られる????そして働かされる?????全ては本来あるはずもない事であろうが、そのあり得ないことが起こり、そして、そのあり得ないことで主権者自身が絶望する。


まさに、喜劇としか言いようのない悲劇である。