経済はモノやサービスの売買で成り立つことは誰もが知っていることです。そして、そこでいわれる物価とは一体何なのでしょうか。通常、モノの値段とは需要と供給のバランスで成り立つと言われます。需要が多くなると物価は上がりインフレ状態、反対に供給が多くなると物価は下がりデフレ状態に。
しかし、もっと突き詰めるとモノの値段とは、人件費であると言えるのではないでしょうか。モノの値段を分析すると、原材料費や諸経費や光熱費や交際費や人件費となりますが、それらを更に分解し続けると結局は人件費の集合体であると言えると思います。
人件費とは人の時間と労力であり、それは突き詰めると人の人生であるという事になるのではないでしょうか。つまり、人は人生をお金に変えて生きている。それの多い少ないで差別を受けたり悩んだり苦しんだりしている。もちろん、それを得る過程で様々な事を学んだり、興奮したり喜んだりもする。
GDP とは何かといえば、国民のそう人件費ということになりはしないかと思うのです。理論的に言えば、一年間この金額を政府が賄えばどうなるのか。それは、全ての物価がタダになることを意味するのではないでしょうか。
つまり、お金がなくとも生きていける時代の到来です。一年負担することで、全てがタダになれば二年目以降もその状態は続くのではないでしょうか。
それは天動説から地動説に変わるのと同じくらいの衝撃になろうかと思います。このパラダイムの大転換が起きれば、人の価値観も大転換することでしょう。大転換というよりも大混乱になるかもしれない。
今まで信じて生きてきたものが根底から覆される。現在、日本の総赤字は1000兆円程度になると聞いていますが、今後この金額は増えることはあっても決して減る事はないと思われます。その中で、国民の総金融資産は1500兆円あるといい、その差額は丁度GDP一年分に相当する金額であります。
その差額を担保として実行することは可能ではないかと思うのですが、そういう発想は未だ聞いたことがありません^^;仮に500兆円溝に捨てることになったとしても、恐らく誰一人としてお金に苦しむことはないでしょう。
そういう状態になったときに、人がどのように働き生きるのか。どのような価値基準でモノを手にするのか。この二つの大きな宿題を背負わされはしますが・・・・
しかし、それは今も昔もずっと問われ続けていることであります。そして、それを解決する方法がお金であるとなっているに過ぎない。だから、人は何も考えないし行動しないのではないでしょうか。
そのツケがどんどん溜まり、時代は進化しつつも人は幸福になるどころか追い詰められている。なんだかそんな気がするのは私だけなのでしょうか・・・・しかし、このままいくと・・・・という不安や危機感を持っている人は結構多いように見受けられます。
それは、何かが間違っていると感じるからなのではないでしょうか。科学や理論ではない、人が人を守る為に備えている本能である勘といえるかもしれません。そこに耳を傾けることはとても大事であるように思うのですが・・・・