日本には働かざる者食うべからずという言葉があり、それは21世の今日においても、日本民族における「掟」のように全ての人々の思考の根幹にあぐらをかいて座っています。


確かに、労働してもらわないと食べるものがない時代がありました。労働によって賃金を得ないとモノが変えない時代も続いています。そういう中で、実は時代は大きく変化していきました。機械技術の発達や情報手段の発達、交通手段の発達など、生産力はフルに向上し、今や人々を労働市場から追い出そうとしています。


それは、言い換えれば人が身を粉にして働く必要がなくなったことを暗示しているのではないでしょうか。憲法には基本的人権の尊重という言葉が謳ってあります。60年前の基本的人権と現在の基本的人権、更に言えば100年後の基本的人権は同じではないと私は思います。


人は何のために頑張って働いてきたのでしょう。経済的な豊かさのためでしょうか。人生を満喫するためでしょうか。愛する人のためでしょうか。私は楽に生きるためであると考えています。楽になるために、様々な機械や手段を発明し、システムを作り効率的に効果的に仕事をこなせるようにしてきたのではないでしょうか。


そして、21世の今日私たちはこれらの多くの偉業を成し遂げ、あらゆるものが効率的に進むような社会を築き上げました。本当は、多くの人がこれまでほど身を粉にして働かなくとも、自由な時間を多く手に入れ人生を大いに満喫できるはずではないのでしょうか。


しかし実体は全く逆であり、60年前よりも時間に追われ身を粉にして働いているという状況があるのではないでしょうか。そうしないと生きていけない環境は、そのこと事態に疑問を挟む余地さえ与えない。とても悲惨な状況にあると私は思います。


これは一体どういうことなのか・・・・何故、人々は精神を病み、戦争のない時代に自ら死を選ぶのか、はたまた他人を騙してお金儲けに走らなければならないのか。恐らく、故人であれば納得の行かない未来になるのではないかと思います。


わずか30年足らずで自国の通貨価値を三倍に上げてきた国の人々が、三倍に上げる以前の状況より悪くなるなんて実はあり得ない話ではないかと私は思います。それは、一重にお金に対する考え方の間違いであり、お金の使い方の間違いを意味していると思うのです。


私は市民政党を作ろうと思っています。そして、その政党が政権を取ったなら、この状況を一変させる政策を行ないたいと思います。それは、今の常識からは考えられないモノでありますが、考えられる常識が招く悲劇から考えて、今ある常識は間違っていると判断しています。


どういうことかといえば、日本国民は憲法で保障されている基本的人権2008年内容を国が保証するということから始めます。例えば、今日本の平均年収が400万くらいですが、この金額は最低年収として全ての人に保証するという政策を取ります。


その費用は百兆円超になろうかと思います。現在の国家予算を超える規模になりますが、その効果は絶大でありましょう。最低限の生活が出来る保証を国がする事は何ら問題がないことだと思います。要は、それが経済界に受け入れられるかどうかということになろうかと思うのです。


それを政府が独断でやれば、きっと世界から大反発を受けるでしょうが、日本国民の総意としてやれば、少なくとも容認せざるを得ないと思われます。円が信用を失い暴落する危険性はありますが、国内消費が格段に上がり、景気はドラスティックに上向くでしょう。


それはいずれ円の信用を回復に向かわせ経済は安定した状態を維持できると思われます。


今ひとつの問題は、日本人のモラルに関する点。最低収入が保証されることによって、労働意欲が落ち生産性が落ちる危険があります。そこで必要なのは大量の外国人労働者を受け入れるという選択肢になると思われます。


これは実に重要なことで、このことによって途上国の人々の生活水準を上げることが可能になる。黄金伝説の島「ジパング」の再来となるのではないでしょうか。


こうした中、日本人の基本的思考はどう変わるのか。社会秩序を乱し危険な社会となり人々は他人を蹴落とし精神を病む人が更に増え、自殺者も増加し犯罪も増加するのでしょうか。


それとも、人々が労働意欲を無くし、ひいては生きる目的まで失い、無味乾燥の社会となるのでしょうか。


私は違うと思います。教育環境も一変し、国に支えられている安心感から人々は様々な分野で助け合い、自分の人生に誇りと満足を得るのではないかと思います。日本に生まれてきたことに感謝し、そこから全ての物事への感謝の念が醸成され、人を騙したり欺いたりすることの無意味さや知り、人として人と接することが素直に出来るようになると思われます。


仕事を選ぶ価値観が大きく変わり、好きな仕事を選び充実した人生を送ることになる。もちろん、仕事の習熟度や能力によって巨万の富を得るという資本主義が持つ目的も存在しますから、人の目的に応じた仕事の選択が可能になるはずです。


私は国の政策とは、こうした理念の下に行なわなければいけないと思います。根本的には、国民あっての国家であることが民主主義の基本であり、それを謳歌できない状況はあってはならない。


お金というのは、今や何の価値もない信用によって成り立っています。要は、その国の人が信用できればお金の価値は維持できる時代であると思います。一人一人の国民がしっかりした国は、とてつもないパワーと想像力に満ち溢れたものになると思われます。


恐らく、そういう個人の力が国力となり、これから訪れる様々な苦難に対して挑んでいける元になるのではないかと思います。日本の100年先1000年先を見据えて、私たちが何を託せるのか。今、私たちが問われているのはこのことであると私は考えます。