今政府は経済対策として給付金をやろうとしている。これに対して賛否両論があるようだが、常に政策には賛否両論がつき物である。私が不思議でならないのは、政策が実行されるまでは大騒ぎして様々な検証をし批判をしていくのだが、いざ実行されると日に日に内容を取りざたしなくなるのである。


政策は実行するのが大切ではなく、それによってどういう結果が出たのかということをキチンと分析・検討することが最も重要であると考える。政治家は様々な政策を立案し実行するし、官僚もそれに追随して山積している課題に取り組んでいる。


しかし、誰もその結果を見ようとはしない。見る暇がないほど忙しいと言うこともあるだろうが、事前に検証されているからという理由もあるのかもしれない。かくして、良かろうが悪かろうが淡々と政策は実行され続け、成果を挙げようが挙げまいが誰も気の止めないのである。


恐らく、それを本気でやろうとすれば、政治家や官僚は今の倍の人数が必要ではないかと思う。政策を立案実行する以上に、その政策の効果を判断することは難しい。しかし、それを怠ると政策自体に行き詰るのではないだろうか。


経済対策として国民に給付金を支給するというのがまさに政策の行き詰まりを示していると思う。こういう政策は素人である私にも想像が付くのである。言い換えると、今の政治は素人でも充分に出来るという事になると思うのである。


素人にも思いつく政策しか出せないプロがプロとしての存在意義を確保することは難しい。むしろ、素人から批判される程度の内容しか持っていないという状況が明らかにされていると見るべきだろう。そこには、日本の将来像もないのである。


そういう政治に、国民は不安を感じる。言い換えると、不況の原因はその不安であると言える。景気の低迷とは、国民の不安から始まるのであり、それを作り出すのが政治である。つまり、政治がキチンと機能すれば不況は訪れないのである。


垂れ流される政策によって人々は混乱し、未来を示せない政治で不安を感じ、自己防衛に向かうことで経済は発展を断たれる。一つ一つの政策にキチンとした検証を行なえば、政策の的確性は年々上がるのである。政治の機能がキチンと果たせれば、世の中は年々良くなるのである。


しかし、当の政治家や官僚はそう思っていないだろう。社会構造の変化や経済環境の変化を理由にしているに違いない。そのような様々な変化はいきなり訪れるわけではない。様々な前兆の後に訪れるのであり、そういう変化を織り込めないようでは力量がないとしか言えないのである。


一つ一つの政策をもっと大事に扱い、キチンと検証していけば誰でも分かることであると私は思う。常に次世代を築くヒントは政策を実行した結果に暗示されている。垂れ流しの政策を止め、行なった政策をしっかり検証するところから始めて欲しいと私は思います。