政治に期待するものは何ですか 」というスレッドを立ち上げました。政治というのは、国民が幸福に生きるためにある手段に過ぎません。常に、大事なのは目的であります。この国にビジョンがないのは目的をなくしたことにあると私は考えます。


議論は、手段を問うものであって、目的を達するものではない。例えば、政治家がちゃんとしていれば、私たち国民の目的は達せられるのか、官僚が無駄遣いをしなければ、天下りをしなければ、我々の目的は達せられるのか、ということを冷静に考えるべき時だと思います。


私は、こうした様々な問題に関心を寄せるということは、そう仕向ける政治家やマスコミは、国民から目的意識を削ぐプロパカンダを行なっているに過ぎないと思います。もし、仮に政治家がキチンと仕事をして、官僚が無駄遣いをせず、天下りをやめたからと言って、国民の目的に何ら関係はないのではないでしょうか。


例えば、人が山に登る方法は五万とあります。しかし、登る方法や道具をいくら議論したって、上りたい山がなければ、それは何の意味も持たない無駄な議論となります。


私たちは生きる上で様々な困難や問題に直面します。自分自身の不徳から来る問題もあるでしょうが、自分自身が与り知らないところから起こる問題もある。自分自身の努力によって解決できる問題もあれば、個人の力量を超える問題もある。


政治とは、自己解決できない問題に対して解決策を講じることが目的であり、政党の政権合戦を見守るのが目的ではない。つまり、多くの人は、自らの目的を見失わされていると感じるのです。そのことが問題解決を図れない基本的かつ重要な原因であると私は思います。


一人の人間が自立して生きていくためには、自らの生きる目的を創出しなければなりません。別に壮大な目的を持つ必要もなく、自らが幸福であるための目的で良いのではないでしょうか。市民政党では、そういうことを大切にしていきたいと思います。


そして、全ての人が幸福になれる目的を見出せる環境が、21世紀に入りやっと人類が手にできる状況になってきた。それは、これまでの先輩たちの不断の努力の賜物であると感謝しています。その素晴らしい与えられた環境を真に享受する為に、意識を変えないといけないと思うのです。


数々の不可能を可能にしてくれた先祖の願いを無にしてはいけない。私たちも不可能と思われることを政治で実現していく責任を後世の人たちに対して背負っているのではないかと思います。そのためには、常に目的意識をもつこと。これが全ての始まりであると思います。