世界経済危機に直面して、世界の主たる国々は公的資金の大幅な投入に踏み切ろうとしている。公的資金とは税金のことである。その投入に対して各国の国民感情が障壁になっているのは確かである。国民感情として、何故、金持ちが損をしたお金を税金で補填しなきゃいけないのか。
誰もが思う単純な疑問であろう。それに対して識者たちは、そうしないと結局経済が破綻し貧しき者が更に追い詰められるという尤もらしい理屈をこねて当たり前のように説得に掛かっている。しかし、公的資金をいくら投入すれば経済が安定するのかを明確に出来る人はいない。
世界中の誰もが経済論理に支配されているから、世界中が同じような危機に瀕しているのである。それに対して、何らの経済対策が打てないという現実が、何度もいうように資本主義が終わったことを示していると私は思う。
ここでそれぞれの国がいくらの公的資金を投入するのかは不明だが、仮にそれを行なっても国家の信用を喪失することはないだろう。政府の感情としては、まるで自然災害にでもあったかのように経済被害を捕らえ、やむを得ないと同情し、それによってその国の通貨が信用を失う事はない。
結局、後から国が尻拭いをすると思う投資家たちは、これからもっと傲慢な方法で経済危機を平気で引き起こすことになるのではないだろうか。金融工学の破綻だとか失敗だとか、そういう批判が渦巻いているが、私は、これはまさしく経済テロと同じではないかと思う。
金持ちは何をやっても許される。この免罪符を与えることになると思う。これに対抗する手段が一つだけある。それが各国の紙幣の増刷による、弱者救済政策である。経済で失敗した人を経済で助けるのは意味がない。政治が人を救うというのはそういう意味ではないはずである。
国民のごく一部である金持ちを救う政治をしてはいけない。そこに掛ける公的資金があるのなら、その危機で被害を被る貧しき人々にお金を配れば良い。それならば、多くの有権者が納得すると思うのである。そして、それが政治的解決の正しい選択であると私は思う。
恐らく、欧米でそれを行うことは不可能であろう。彼等は概ねキリスト教徒であり、資本主義を支えた人たちである。誇りとプライドに賭けて、そういう資本主義を捨てるような政策を良とは思わないはずである。そして、それを平気で出来るのが我が国日本である。
資本主義の発展には全く貢献せず、終わり頃にひょっこり出てきて美味しい所取りで大いに楽しんでいる国であり、資本主義に固執する考え方を基本的に有していない。結果よければ全て良しという、割と拘らない性格を有している国民性が伝統である。
問題は、「働かざる者食うべからず」という既成概念であるが、これは宗教的思想ではなく単なる言い伝えに過ぎず、これさえクリアーできれば新しい経済論理と政治思考が築けると私は思う。そして、今回の金融危機はアメリカ発の問題であり、バブル崩壊とは意味が違う。
つまり、我が国政府が大きな責任を問われるものではないということである。この危機に際して、日本がいかなる対応を取ろうとも責められるもんではない。言い換えれば何でも出来る環境にあるということになるのである。日本が世界で果たす役割はとても大きいと思う。
日本がどう対応するかで、恐らく、21世紀が決まる。もし、欧米と同じようなスタンスに立てば、悲劇の世紀となるであろう。日本が独自路線で新しい時代を指し示せば、心豊な人間的な時代を築くことに成功すると私は思う。