今、将来に不安を感じている人が増えてるのではないだろうか・・・・


しかし、これまでの人類で将来に不安を感じていなかったという世代はあるのだろうか。恐らく、将来を安泰と考えられた人は殆どいないのではないだろうか。日本には一寸先は闇という言葉がある。つまり、未来とは人間にとって常に不安なものであることを意味するのではないかと私は思う。


とは言うものの、政治・経済・教育という人間社会を支える全ての部門で光明を見出せないのは現実である。少し、歴史を振り返ってみると、人間社会は常に共通の目的意識を構築することで、強い結束力を生み不安を乗り越えてきたのではないだろうか。


皆さんもご承知のように、その一翼を担ったのが戦争である。内部の結束を強くする為に外部に敵を作る。善を作り悪を作り、それに対抗する手段として武力を用いてきた。その先にあったのは、世界戦争である。多くの悲惨な歴史を残し、それは終結した。


未だに、その戦略の元、世界では地域紛争や民族紛争が耐えないのだが、世界は基本的な平和を多くの犠牲の元で手に入れることが出来たのは事実であろう。さて、その次に訪れたのが、経済である。あの対戦で全てを失い、日々の食べ物さえも満足に手に入れられなくなった日本が、僅かな時間で世界の屈指の大国へと変化を遂げたのだ。


これは、恐らく20世紀最大の衝撃ではないだろうか。大国が衰退したことは歴史上何度もあるが、これほどまでに悲惨な国が世界を超えるほど進化したという記録はないだろう。これを見習おうとした国は少なくないはずである。


武力による闘争よりも経済力で勝つことが世界を制することになる。資本主義が勃興して数百年たって表れた資本主義の真の姿ではないかと思う。戦争によって妨げられていた資本主義が、いよいよ猛威を振るったというところであると私には感じられる。


地中に7年地上に7日という蝉ではないが、わずか数十年でその結末はバブル崩壊という悲惨な状況をもたらすのである。しかし、戦争と同じように経済にしがみつく人は少なくない。そういう人の手によって、今や日本のバブル崩壊の数十倍の規模で世界を震撼させている。


戦争が終わり、経済が頼みの綱であったと思われる社会は、今や崩壊の危機を迎えていると思う人も少なくないだろう。しかし、それは間違いである。日本には諸行無常という言葉がある。常なるものは何もないという意味である。


大事なのは、これから先にあるものではないだろうか。それは、これまでの歴史の中にたくさんのヒントを隠しているはずである。しかし、これまでになかったものであるから創造しなくてはいけないものでもある。創造するものとは目に見えないものを作り出すということである。


隠されているヒントを見つけるためには、何故が必要なのではないかと私は思う。何故、戦争をしたのか。何故、飽くなき経済活動に没頭したのか。そこに生きる意味が隠されており、その意味が今も問われ続けているのではないかと思うのである。


それを見損なうことなく行ければ、私たちの未来は常に明るいのである。戦争に負けた人たちも全員が死んだわけではない。復習のために生きた人もいるだろうが、何か明るい未来を見つめて生きた人も少なからずいるはずである。


経済競争で負けた人でも同じである。それは、恐らく何かのスポーツの試合でも同じだろう。スポーツ自体を目的にする人もいるが、全ては手段である。人が生きる手段を作り出す。これが未来を築く上で大切なことの一つであると私は思う。


決して、手段を目的化してはならない。それこそが人類に悲劇をもたらす大きな要因である。