自民党の総裁選を見ながら、次期総選挙に向けて国民の政治への関心度は大きく上がっていると思える。


しかし、それは例えば、今年の日本シリーズはどのチームが出てきてどちらが勝つのだろう、というのと同じレベルの関心の高さであると思われます。アメバタなんかを見ていると、解説者のような意見をいう人と、やじる人がいるだけのような気がします。


もちろん、野球は自分が参加してやるものではないので仕方がないし、別にどのチームが勝とうが負けようが自分の生活や人生に対する影響は僅かであるから、それでも良いと思われます。


しかし、政治は国民の生活の基盤であり、それぞれの国民の人生にとって計り知れない影響を及ぼすものですから、野球観戦と同一ではいけないと思うわけです。そういうことを気にしている人は殆どいないし、そういう意見が殆どないことに対して、私はこの国の危機感を感じています。


至るところで書いているのですが、日本国憲法という国の根幹には、この国の主権は国民にあることを謳っているのです。しかし、この国の主権者は、主権者ではなく外野なのです。立場は主権者ですが意識が外野なのです。


だから、この国はおかしくなる。主権者とは国を動かす権利と責任を有するものであります。そのいずれも追わない主権者が日本をダメにする。今問われているのは、政治家でもなく官僚でもなく、私たち主権者ではないでしょうか。


主権者に出来ない事はありません。既存のチームが気に入らなければ自ら作る権利と力を有しているはずです。自らの人生や国家の行く末を野球観戦と同じ視点で論じることが出来ないことは誰もが知っているはずなのでしょうが、そのことに気付いている人は少ないと思われます。


その理由は、何度も述べていますので割愛しますが、いい加減に目を覚まして欲しいと私は切に思っています。国民が主権を意識し駆使できなければ、国家に隷属する奴隷と同じ扱いになる。奴隷には解説とやじることしか出来ないから仕方がないことだとは思いますが・・・・


主権者として、より良き豊な人生を満喫する為には、自らが日本国を動かす主権者であることを意識することから始めなければならないと私は思います。主権者に何が出来るのか・・・・金日生を見れば誰もがお分かりになると思います。


つまり、出来ない事は何もない。何でも出来るのが主権者であります。決して、何でも言うことが出来るのが主権者ではありません。