今、熱気ある?自民党総裁選が、まるで茶番劇のように展開されているのを見て多くの国民はどう思うのだろう。
私は、この国の政治がおかしくなった原因は、政治家の官僚化にあると思う。それは総裁選の公開討論を見ていて感じた。発言がとても官僚っぽいのである。本来、政治家とは国民が育て支持しなければならないのであるが、実態はどうだろう。
恐らく、スタートは国民のために日本をより良くしたいという思いから政治家になるのであろうが、一旦政治家になると、官僚の教育が待っているのではないだろうか。つまり、様々な法律や現状などを教えるのは官僚である。その中には難しい話がいっぱい詰まっており、最初は理解できないだろう。
政治家になって最初に思う事は、たくさん勉強しなきゃいけない・・・・ではないだろうか。人よりもたくさん勉強した人が官僚である。勉強しなきゃいけないという意識が、政治家を官僚に変えていくのではないだろうか。
総裁選候補者が口を揃えて、責任政党を連呼する。これこそが官僚的発言の極みであると感じるのは私だけだろうか。責任とは何かと言えば、現状を壊さないということではないかと思う。つまり、責任政党とは官僚支配の政党であり、現状を壊すことなく変革をするというおかしな発想を持っているのではないかと思う。
政治家の本質は、理想である。国の将来像が見えなければ政治は出来ない。だから、官僚には政治が出来ないのである。官僚に育てられた官僚化した政治家にも同じ事がいえるのではないかと思う。
この国のあるべき姿や目指す方向を政治家が示し、それに賛同する官僚がそれを支えるのが筋である。官僚とて決して一枚岩ではない。主義主張は違うし志も異なる。政治家が目指す方向を実現する官僚がいて初めて政治が行なえるのではないかと思う。
そういう点で言えば、昔の政治家は勉強していないような気がする。勉強会をやる時間があれば、国民の声を聞く時間に割いていたような気がする。政治家の使命は国民の声を聞くことが基本であり、常に国民の中にいなければならないと思う。
政治家自身が、自分が官僚化していることに気付く日が来れば、政治が変わると思うのだが・・・・・
学識信仰社会では中々難しいかもしれない。ただ、政治家にも思い出して欲しいと思う。自分が何故政治家を志したのか。それを思い出すことが、官僚化から逃れるきっかけになると思うのだが・・・・