多分、お金に支配され続ける現状、お金に振り回される現状を生み出しているのは「恐れ」であると考えています。例えば、日本においては赤字国債の額が問題になり、日本という国が財政破綻する日が来るのではないか。そうなると日本という国は倒産してなくなっていまう。


企業の倒産を見れば、倒産という現実が何をもたらすのかということをイメージするのは簡単ではないかと思います。従業員は失業し路頭に迷う。そういう目にあった人も多いし、そういう人を見たことのある人も多い。


国家というものは形のないものであるから、中々現実的に把握するのは難しく、何となく近いような企業というものから想像するしかないからそうなるし、多くの専門家もそういう例えを使うから誰もがそう思うのは当然であると私も思います。


しかし、そうなると企業を立て直すのと同じ戦術で国家を運営しようとなることは避けられず、そういう発想が格差社会へと日本を変化させてきたように思うのです。これは、高度経済成長という歴史がもたらした試練であると思っています。


経済成長をうまく遂げられない現実があるのですが、それは本当にそうなのか、それともやり方を変えれば可能なのか、という二つの違いによって、これからとるべき道の変わるものと考えています。歴史は繰り返すという言葉もありますが、繰り返す根幹にあるのは「恐れ」であると私は思っています。


人は学ぶことによって恐れを知ることになる。しかし、それから逃れる方法はない。何故なら、未来とは未知なるものであり確かなことなどなにもないからである。


本当は、こうした恐怖心を取り除く為に国家というものがあると私は思っている。実際は、恐怖心を煽って国民を支配しているのだが・・・・・「学校に行って勉強しなさい。そしないと仕事ないよ。そうしないと生きていけないよ。」


そこでは、言うまでもなく国家に逆らえない体質を作ること。をやっているのである。過激な競争社会である経済の分野から国民を守るのではなく、そこへ積極的に参加させ、落ちこぼれても助けることなく見捨てることで、より一層の恐怖心を煽ることに成功している。


これをぶち破る手段は政治であるが、反政治参加意識を教育によって意図的に育んでいることが、政治を無力化させることは何度も書いている通りである。


恐怖心によって馬車馬のようにこき使われている国民は、今相当に疲れている。高度経済成長という褒美があれば報われるのだろうが、それを提供できない現実が何を意味するかは皆さんで考えていただきたい。


いずれにしても、苦しんでいるのは日本だけではないことは確かである。つまり、この恐怖心は日本人だけが持つのではなく人間が持つ根源的なものであると言える。だから、私は挑戦するべきだと思う。これを乗り越える先にある未来は格段に異なる世界となると確信している。


人々を守る政治というものをキチンと機能させ、その本来の目的を達成することに努めるだけで事は足りるのである。そんなに難しいことではないと私は思っている。そして、それは今という現在の時代だから可能であるとも思っている。


私たち人間は一体何のために生まれてくるのか・・・・・人類誕生以来問われ続けているテーマであると私は思う。