今、社会ではモラルの低下が叫ばれています。私はそうは思わないのですが・・・・
そういうことを指摘する多くの人たちは年配者であります。
モラルとは、辞書で引くと道徳・倫理となります。私が嫌いな道徳という言葉は、辞書で引くと
「人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体。」となる。
善悪をわきまえて正しい行為を為す人がいたとしましょう。では、その人の子どもはどうなるのでしょう。一般に考えると、当然、善悪をわきまえた子どもが育つはずです。恐らく、その子どもも同じ事が言えるのではないでしょうか。
本来、人が善悪をわきまえることが常に出来るのかという疑問があるので、道徳が嫌いなのですが、この際、その問題は触れずに先に進みます。
つまり、年配者が叫ぶモラルの低下とは本来起こり得ないということを言いたいのです。歳を取ればわきまえられるものではありません。日本における状況とは、善悪をわきまえたのではなく、押し付けられたというのが適切な解釈になる。
戦前の厳しい言論統制や矯正的な思想教育によって、わきまえさせたのではなく押さえつけた。つまり、個々人にわきまえさせるための思考の予知を全く与えない教育体制にあったということなのです。それを支えたのは厳しい罰則であり、言い換えると恐怖によって人々を従わせていたに過ぎないということ。
戦後60年以上を掛けて、考えない教育スタイルが破綻していることを示しているのではないかと思います。今の現状とは、今の教育がもたらすものではない。少なくとも教育の成果は三世代に渡って観察していかなければならないと考えます。
特に、日本の場合は、終戦というドラスティックな節目があります。天皇制から民主主義という全く正反対の政治形態に変わっています。当然、天皇制に必要な教育と民主主義に必要な教育では違いがあるべきであり、政治形態の違いから言って、正反対のことを教えるくらいの違いであろうと考えます。
ここを清算する事なしに先に進むのは危険であると私は考えます。もう一度、日本が民主主義であることを前提にして教育改革をしなければ、この国は壊れてしまう。本当に危機的状況であると感じています。