最近、掲示板の備忘録になろうとしている気がする^^;
今回も、掲示板に書いていてふとブログにも書く必要があると思うので書くことにしました。
私は、政治とは他人のためにやるものではないと思っていました。何故なら、他人とはバーチャルであり実体験を伴わないので過ちを犯しやすいと思うからです。人は、自ら間違いを犯すことによって色々勉強し成長すると私は思っています。
今の政治の大きな違和感は何処から来るのか・・・・という問題に対して一つの結論が出ました。
政治を行なう政治家がどういう人たちなのかというのを見ると、彼等は概ね裕福な家庭に育ったり、自ら事業で成功を収めたりして、かなり高収入な人たちが多いという現実があります。政治にお金が掛かるということが、その背景にあるのでしょうが。
国民の平均収入は400万円前後です。この生活をしている人が、この国の中心であると言って良いでしょう。これが庶民感覚というものであり、そういう感覚を持った人が政治を行ない、国を司るべきではないかと思うのです。
国民は法の元に平等であり、色々不平等な世の中ではありますが、選挙において一人一票という現実はそれを大きく裏づけするものであります。自然の成り行きとして、そういう状況からすると、年収400万円前後の政治家を沢山輩出する状況を考えるのですが、そういう普通の人に政治家になるチャンスもないし、同じ立場の国民が支持することも無い。
どうしてなのでしょうか・・・・?そういう普通の人に国を任せられないというのが一つの大きな理由かもしれません。また、自分と同じような立場にある人が、国家の第一線で活躍することへの僻みもあるかもしれない。
社会で何ら実績を作れない人間が、国家を動かしていけるのかという疑問については、確かに妥当であると言えるでしょう。しかし、政治の本来の目的とは、困った人を助ける事ではないのでしょうか。
冒頭で、政治は他人のためにやるものではないと書きましたが、実は、他人というバーチャルな存在に対してきちんとした政治は出来ないという現実があると思うのです。
人には共感というものがあります。それは、同じような苦労をしているから言えることであり、庶民の苦労を本当に知らない人が、本当に庶民のために政治が出来るかというと、私は難しいと思います。
政治の抱える状況が、年々複雑になり難しくなっています。この原因の一つに、政治家の置かれている立場と国民の置かれている立場のギャップがあるように思うのです。
普通の一般国民が政治を出来るのか・・・・という不安を持つのは間違いです。仮に能力が欠けても一般国民としての思いがあれば十分に政治は行なえる。何故なら、政治とは実務を行うことではなく、基本的な考え方を国に反映させる事だからです。
実務は、官僚という行政のプロがいる。どんな人が総理大臣になっても、実務的にこの国が危うくなることは決してないのです。こういう状況が、誰が総理大臣になってもこの国は変わらないという諦めを国民にもたらせることになる。
実際はそうではなく、一般国民から総理大臣を出しても不安はないことを裏付けているわけです。企業や金持ちを優遇した政治をするのは、彼等がそういう立場にあるからであり、多くの国民を救う為には、その領域にある国民からたくさんの政治家を出さなければいけないと思います。
民主主義とは多数決の世界です。一番多い状況の人たちが一番救われなければならない。そのためには、現在、一番政治の世界から遠い、年収400万円の人たちが動かなければなりません。それは、他人の為ではない。自分たちの生活を守るために、自分たちの人生を守るために。