巷でよく耳にするのは、嫌いな人の話である。
電車の中、飲食店など、様々なところで様々な人たちが嫌いな人の話を嫌いだといいながら文句を言っている。
人間社会は何かと不平等であるが、私たち人間に唯一と言って良いほど平等なことが一つある。それは時間である。一日24時間という時間だけが私たちに平等に与えられたものである。
それなのに、どうして不愉快になる嫌いな人の話で時間を浪費するのか。嫌いな人がいるのは当たり前のことであるが、その人と離れて折角良い時間が持てるのにも関らず、自ら嫌いな人の話をして嫌な気分に落としているのである。
私の場合、嫌いな人はいない。しかし、特定の人の嫌いな考え方や行動はある。それに対しては改善を求めるか、ダメだと分かれば諦めるしか道はないのであると思っているから、家に帰ってまでそういう話をする事はない。
どうも、それは私が変わっているからそうなのだそうだ。大抵の人は分かっていても出来ないと家族は言う。しかし、私とて最初からそう思っていたのではない。相当昔になるが、妻から指摘を受けて気付いたと思うのだが・・・。
そういう点からして、多くの人も時間の有効な使い方に対して気付いていないのではないかと思うのである。私たちは限られた時間の中で生きていかなくてはならない。そのためには、いかに時間を無駄にしないかが重要な鍵を握るのではないだろうか。
もちろん、大切な無駄な時間というものはたくさんあると思うが、自ら進んで嫌な気分に戻す必要はないような気がする。