今の時代は、人間関係に問題があると言われることが多い。


しかし、はっきり言ってこれはおかしいのである。生まれも育ちも違う個々人の関係がうまく行くほうがおかしいのである。これも言いたくはないが道徳教育の弊害である。


学校で、みんな仲良くを押し付けられた末に、起こった現象である。集団生活を上手くやろうとすれば、個を抹殺すれば良い。和を乱す奴を悪と位置づければ簡単なことである。そうやって子どもたちは幼き頃より個を蔑ろにされている。


常に大切なのは自分であるという基本を忘れ、他人の目ばかりを意識させられているのである。そうやって見せかけの和を保ってきたツケが、人間関係を築けない人を大量に育んでしまったのだ。


それは何を意味するのかは今の社会を見れば簡単である。社会の崩壊という恐ろしい現実であろう。社会を構成する人が壊れれば自ずと社会は壊れるのが必然であり、何ら不思議なことではない。


こうしたことは何度も言うが、戦後の改革が上手く出来なかったことにある。外国と戦争する為に必要だった集団を作る為に教育勅語によって個を抹殺していった手法を改善できなかったことにある。教育勅語に悪いことは何も書いていなかったから、改訂版の道徳教育が始まったのである。


あれから60年以上も経ち、世代がどんどん交代するにつれ、弊害が目立つようになってきた。想像を絶する犯罪が増え、モラルは消え去り秩序も崩壊寸前に至っている。まさか、道徳教育にそんな副作用があるとは誰もが想像できなかったであろう。


しかし、そろそろ気が付かなくてはいけない。後60年も放置すれば、この国は完全に崩壊するだろうから。