民主主義社会とは、国民に主権があり、国民が皆平等であるということを意味している。


近年は、その中でも男女平等という意識が強く根付いてきたように思う。


言葉にすると平等とか対等というのは素晴らしく思えますが、実はこれらの関係ほど不安定なものはないのではないかと思います。日本の社会が不安になりだしたのも、本来、階層別ヒエラルキーによって安定していた社会が平等・対等といった不安定な構造に移行しだしてからなのではないかと思います。


男女平等という事の背景には、男尊女卑という過去のトラウマが隠れていると思うのですが、23年の夫婦生活と20年の子育て生活を根拠に考えてみると、男尊女卑というのは幻想に過ぎないという答えが導き出されるのであります。


百獣の王ライオンはハーレムを形成している。一頭のオスに対して複数のメス。一見、男達からすれば羨ましいように思えるが、ハーレム生活なんてそんなに甘っちょろいものではない。ご存知の通り、ライオンのオスは狩をしない。


もっぱらメスが狩をして獲物を獲ってくるからであり、後はそれを一番に食することが出来る。後は寝ているだけで良いのだが、押すには交尾という義務が襲ってくる。大抵のオスは交尾大好き(笑)であるが、365日毎日やれといわれてもオスにも色々とメンタルな事情なんかがあったりするわけで、意外にもメンタリティーは重要なファクターでもあり、とても厳しいと思われる。


しかし、交尾の質が悪かったり、子どもが生まれないオスは、メス達から叱責を受け、終いにはハーレム追放という憂き目に合うのである。それは言い換えると、狩が出来ないオスにとって「死」を意味するものであり、悲惨な結果となるわけです。


見かけ上は男尊女卑といって男が優遇されているようですが、実態は男にとってそれほど楽な状況にはなかったと言う事もできそうです。人間関係というのは対等よりも上下が安定するのは、様々な組織形態を見るに着け誰もが分かることであり、最小単位の家族でさえそれは言えることであろうかと思います。


昔の家制度は、馬鹿な父親を崇めているように見せかけてうまく行っていたのですが、男女平等になってからはそうした形式的な洋装は消えてしまい、まさに実力主義の家族関係が浮き彫りになったわけです。


男と女はどっちが強いかという愚問を投げかける人は殆どいないでしょうが、男が女に勝つことは不可能であり、男女平等という社会は言い換えると女尊男卑の社会であるということに他ならないと思うわけです。


男に残される選択肢は、腕力を付けるか金を持つか、後は「ゴマをする能力」を鍛えるのみ。近視眼的な女が支配する社会は結局のところ不安定にならざるを得ないという結論に達するわけです。子どもを産めるメスは強いという自然界の掟には逆らえないのでしょうか・・・・?