今日は建国記念日です。
国を作るとは、まさしく人を作ることだと思います。
私には二人の娘がおり、20年の子育て経験があります。
建国記念日に寄せて、二人の国民を育てた記憶を綴ることにします。
全ての国民は、誰かの子どもであり、多くの国民はやがて誰かの親となる。
親も子を選べないし、子も親を選べない。
その子が生まれる確立は、精子の数からして数億分の1。まさに奇跡の始まりです。
実際におなかを痛める母親と、本当に自分の子であるか確信できない父親^^;
生んだことで親になる母親と努力しないと親になれない父親。
きっと、それぞれに違った役割があるものと考えます。
そして、全ての子育ての原点は・・・・?
全ての親が思う、どうか「無事に生まれて欲しい」ではないかと思います。
最初は、命が与えられたことのみに至福の喜びを感じることが出来る。
それが時を経るごとに条件付となる。私は、出来る限りこの条件をなくすことを意識しました。
以前にも書きましたが「初心忘るべからず」だと・・・・・
妻からは、無責任と罵られる日もありましたが(T_T)それに耐えかつ戦い現在に至っています。
子どもたちが小さい頃からそうでしたが、毎朝、子どもたちが起きるのが楽しみで仕方ありませんでした。
そのことについて妻からは、少し変わっているという言われかたもしましたし、子どもたちを愛しているという言われかたもしました。しかし、自分の素直な感情であるので素直に行動したまでのこと。全ての親はそうあって当たり前だと思ってさえいました。
しかし、そういう父親は意外と少なく、私の子育て手法は相当変わったものであるということに後になって気づかされることになります。要は、マニュアルなき子育て。場当たり的な子育てともいいましょうか・・・・ただ、原点のみをしっかりと踏まえて、自分なりには一貫性を持たせたつもりです。
そういったことを思いついた時に書いていこうと思います。まあ、いずれにしても父親とはいい加減な存在であろうかと^^;つくづく思う現在です。