最近、つくずく人の生きる根幹は「愛」だと思う。


自分が今ここにいる現実は「愛」が後ろ盾になっているのだ。


生まれてきたこと自体がそうである。


昨夜、テレビのロードショーでシュガー&スパイス というのがあっていた。子ども達と何気なく見ていたのだが、ふと自分の初恋時代を思い出してしまった。映画では失恋で終わるのであるが、私の場合は初恋の相手と結婚しているのである。


もし今の妻と結婚していなければどんな人生だったであろうか?


なんて考える人はいないだろうか。


この世にたらればは存在しない。しかし、きっと大きく違った人生になっただろうと考えるのである。出会って30年以上、結婚してまもなく23年になる。もちろん、順風満帆であったはずもない。危機的状況もたくさんあった。


昔、親友から言われたことがある。本当に愛する人から愛されることがどんなに幸せであるか。ある意味、自分はとてもラッキーな存在であるのかもしれない。多くの人が抱くであろう失恋という経験がないのである。でも、ある意味、それは不幸であるのかもしれない。


いずれにしても、恋から愛に変わっていく過程では、様々な紆余曲折がある。そして、若い頃の愛情から歳を取っていく中で育まれる愛情もそうである。人間が持つこの感情は掴みにくいものであり、理論を越えるものであると思う。


そういう不可解なものによって全てが始まる人の人生。それはまさに不可解としか言えないだろう。


政治的関心を持つ原動力は人によって様々である。私の場合は、夫婦で培った愛情と家族で培った愛情によるものだ。そこが普通の人とは少し違うと自分では思っている。前にも書いたと思うが、世の中で最も大切なのは人の人生だと思っている。


それを支える社会と国家はその次に重要である。そして、それぞれの人がそれぞれの人生を悔いなく生きれるように社会と国家はあるべきだと考えている。従って人がしっかりと自分の人生を生きれるようになれば、社会も国家も必要ないと考えている。


まあ、そういう時代が来るのは難しいとは思うが。大事なのはプライオリティーだと。人の人生の原動力が愛であることを今一度全ての人が考えるべきであろうと思う。もちろん、全てを奪う愛ではなく、全てを与える愛を。