人は多くの場合他人を見かけで判断します。


それによって得する人、損する人・・・様々ではないでしょうか。


このうち不自然なのはどちらでしょうか・・・・


悪人顔というのは持って生まれたものですから自然であり、中身についても本質という事で自然です。


善人顔というのは悪人を隠すために作ろう顔で不自然なことです。


しかし、多くの場合「善人顔」に騙されてしまいます。


他人に対して「善人顔」を見せるときには、目的があると思ってよいでしょう。


無愛想な人ほど、下心がないものです。


こう書くと、そんなに疑心暗鬼でどうすると言われそうですが・・・・^^;


私が言いたいのはそのこと自体ではなく、善人顔に騙された人が「他人を信じられない」という


ことを問題にしたいと思います。今や人間不信の人が増えています。


この行き着く先は、あまり良いものではありません。


人は誰でも自分のために生きています。自分が生きるためには何でもする。


これが万人に共通する唯一のものです。私は、このことを持って人を信じて欲しいと思います。


他人は自分のために生きているのではない。従って、自分の思うようにはいかないのです。


裏切られたと発する根拠は、実は他人から裏切られたのではなく


自分が勝手に思い込んでいた他人から裏切られた」に過ぎないのです。


このことを知るところから、真の相互理解が始るのだと思っています。


生まれも育ちも環境も異なる人が住む世界です。分からないのが当たり前で、分かるのは奇跡に近い。


常に他人の行動を見ていくと、その人の目的意識も見えてきます。


本当は、人生においてこれを繰り返すことによって情報が豊かになり、社会に適応しやすくなる。


しかし、現実は年齢が高いほど、頭が固く偏見も多い。


ここが住みづらい社会を作る元凶の一つであるように思います。