「自分らしく生きよう」

 

本屋へ行けば、自分らしく生きるための本が並び、テレビやSNSでも「あなたらしく」という言葉があふれています。

でも私は、ときどき立ち止まって考えてしまいます。

そもそも、自分らしいって何なのでしょうか。

本当の自分を知っている人は、どれくらいいるのでしょう。

もしかすると、「自分らしく生きたい」と思いながら、

私たちは「誰かが思う自分らしさ」を追いかけているのかもしれません。

人は生まれたときから「自分らしさ」を持っているのだろうか?

赤ちゃんは、自分らしさを考えて生きてはいません。

泣きたいときに泣き、お腹が空けば泣き、眠ければ眠る。

そこには、「人からどう見られるか」という考えはありません。

しかし成長するにつれ、私たちは少しずつ「他人の目」を覚えます。

親から褒められる。

先生から注意される。

友達と比べられる。

学校で評価される。

社会へ出れば、会社や組織の中で役割を求められる。

こうして私たちは、「自分がどう思うか」だけではなく、

「周囲がどう思うか」を意識して生きるようになります。

それは悪いことではありません。

人は一人では生きられないからです。

ただ、その過程で、いつの間にか「本当に自分が望んでいること」が見えなくなることがあります。

「自分らしく生きる」は、好き勝手に生きることではない

「自分らしく生きる」という言葉を、「何でも自由にやること」と考える人もいます。

しかし、私は少し違うように思います。

人は社会の中で生きています。

家族がいて、友人がいて、仕事があり、地域があります。

誰とも関わらずに生きることはできません。

だから、自分らしく生きるとは、「自分だけを優先すること」ではありません。

周りとのつながりを大切にしながら、自分の心に嘘をつき続けないこと

私は、その方が「自分らしさ」に近い気がしています。

人は変わる/それでも本当の自分は消えない

「昔の自分と今の自分は違う。」

そう感じることはありませんか。

若い頃に好きだったものが、今ではそうでもない。

昔は夢中だったことに、今は興味がない。

逆に、昔は苦手だったことが、今では好きになっている。

人は変わります。

考え方も、価値観も、環境も変わります。

だから、「これが本当の自分だ」と決めつけることは難しいのかもしれません。

私は、「自分らしさ」とは固定されたものではなく、

人生の中で少しずつ形を変えていくものだと思っています。

変わることは、裏切ることではありません。

より高く成長する事なのかもしれません。

他人と比べると、自分らしさは見えなくなる、それが自分だと勘違いする

現代は比較する機会がとても多い時代です。

SNSを開けば、誰かの成功が目に入ります。

旅行、仕事、趣味、家族、収入。

他人の人生が簡単に見えてしまいます。

すると、知らないうちに「自分は足りない」と感じてしまうことがあります。

でも、本当に比べる相手は他人なのでしょうか。

私は違うと思います。

比べるなら、昨日の自分でいい

一年前の自分でいい。

少しでも前へ進めたなら、それは立派な変化です。

他人の人生は、その人の環境や努力、偶然が重なってできています。

そこだけを切り取って、自分と比べても答えは出ません。

「こうあるべき」が、自分を苦しめる

私たちは知らないうちに、「こうあるべき」をたくさん抱えています。

親ならこうあるべき。

子どもならこうあるべき。

男性なら、女性なら、社会人なら。

もちろん、社会にはルールが必要です。

しかし、その「あるべき」が増えすぎると、自分の心が置き去りになります。

本当は疲れているのに、「頑張るべき」

本当は休みたいのに、「弱音を吐くべきではない」

そんな思い込みが、自分を少しずつ苦しめてしまうことがあります。

自分らしく生きるとは、その「あるべき」を一つずつ見直していくことでもあるのではないでしょうか。

自分らしさは、「問い続けること」から生まれる

私は最近、「自分らしさ」は最初から用意されているものではなく、

人生を通して探し続けるものだと思うようになりました。

何が好きなのか。

何を大切にしたいのか。

何に怒り、何に喜びを感じるのか。

その答えは、年齢とともに変わっても構いません。

変わるからこそ、人は成長し続けられるのです。

だから、「まだ自分らしさが分からない」と焦る必要はありません。

分からないから考える。迷うから探す。

その時間もまた、自分らしく生きるための大切な一部なのだと思います。

最後の最後まで諦めない、人生その方が最後に良かったと思えるのではないでしょうか。

生きるとは、自分を完成させることではない

私は、「生きる」ということは、自分を完成させることではないと思っています。

むしろ、自分という存在を少しずつ知っていく旅なのではないでしょうか。

嬉しかった出来事。

失敗した経験。

人との出会い。

別れ。

仕事。

家族。

趣味。

すべてが、自分を知るための材料になります。

だから人生に無駄な経験は、一つもないのかもしれません。

最後に

「自分らしく生きる」。

その言葉には、正解はありません。

だからこそ、他人が決めるものでもありません。

誰かの生き方を真似することでもありません。

私は、自分らしく生きるとは、「自分の心に問いを持ち続けること」

だと思っています。

今日の私は、何を感じただろう。

何に笑い、何に悲しみ、何に違和感を覚えただろう。

その小さな問いを積み重ねていくことが、少しずつ「自分」という輪郭をつくっていくのではないでしょうか。

人生は、自分らしさを証明するためにあるのではなく、

自分らしさを見つけ続けるためにある。

私は、そんなふうに考えています。今の自分は自分でしか分からないのですから。

 

歳を重ねると、今日の自分が一番若い、明日はまた一つ歳を取る。

そう思って日々挑戦を重ねる人生が、私は自分らしいと感じています。

 

   

                     礼文島の香深から望む