Modern Times | 巨大プロジェクトを遂行するとき、コミュニティには矛盾が生じる

 

Modern Times | 巨大プロジェクトを遂行するとき、コミュニティには矛盾が生じる」がちょっと面白い。

 

「科学者たちが協力しあい巨大なプロジェクトを遂行するとき、実は踏まえておくべき論点がある。互いの発する用語のズレと各々の目的についてである。科学技術社会学の専門家、福島真人氏が解説する。」

 

・同じ「コミュニティ」においても用語の意味や関心領域にはズレがある

 

・「コミュニティ」は常に支持するべきか?

 

・フラットな意思決定を重んじるはずだが、巨大化したプロジェクトでは、それが難しいことも

 

・民主主義の矛盾と同じことが科学者集団にも起きている」

 

「民主主義の矛盾と同じことが科学者集団にも起きている

この話を聞いて、何故か私はドイツの政治理論家シュミット(K.Schmidt)の議論を思い出した。政治の本質は「敵と味方」の峻別、といった特異な思想で有名な政治哲学者である。彼は、民主主義には根本的な矛盾があると主張する。曰く民主主義は一方では個人の意見の自由を尊重するが、他方それは多数による支配を容認するシステムでもある。この二つのベクトルは基本的に矛盾する、と彼は主張する。それがうまく機能するのは、組織の規模が小さい、地域共同体のような場合である。他方、より大きな社会になると、この矛盾は深刻な問題をもたらしかねない。」

 

「この議論はもともと独裁政治の誕生を説明する議論として持ち出されたものだが、なかなかに深い洞察である。かつての民主党政権の政治スタイルの批判として、党内で議論が公的に決着しても相変わらず議論を止めず、まとまりを欠いたという指摘がある。まさに個人の意見の自由と、集団としての団結という矛盾をうまく乗り越えられなかったという話だろう。近年でも派閥はけしからんという議論が少なくないが、個人の意見の自由だけでは政策は実現できず、「一致結束・箱弁当」という集合性も必要とされる。そしてそこには矛盾があるというのがシュミットの指摘である。」

 

「政治における派閥が、常に自らの利益のために政争を繰り返し、そのために裏金をも作る違法な集団、といった意味で理解されれば、それはけしからん、解散せよという短絡的な議論になる。しかし特定の政策目標を実現するための、志を同じくする集団と考えれば、前述した科学者コミュニティとそれほど異ならない。放っておけば無限に細分化する科学者の集合も、特定研究プロジェクトを遂行するための集団化は必須である。」

 

「科学者集団は基本的に民主主義的な運営を理想とするが、そこには政治における民主主義がもつ本質的な矛盾と似たような問題が内在する。コミュニティはあるのか、という問いかけが思いの外深い意味を持つのはこの点である。シュミットはこの矛盾は大規模な社会では顕在化し、独裁政治への温床になると指摘する。大規模化する科学が同じような矛盾を抱えつつ、どういう方向へとその矛盾を解決しようとするのか、興味深い組織実験が続いているのである。」

 

福島真人(ふくしま・まさと)

東京大学大学院・情報学環教授。専門は科学技術社会学(STS)。東南アジアの政治・宗教に関する人類学的調査の後、現代的制度(医療、原子力等)の認知、組織、学習の関係を研究する。現在は科学技術の現場と社会の諸要素との関係(政治、経済、文化等)を研究。『暗黙知の解剖』(2001 金子書房)、『ジャワの宗教と社会』(2002 ひつじ書房)、『学習の生態学』(2010 東京大学出版会、2022 筑摩学芸文庫)、『真理の工場』(2017 東京大学出版会)、『予測がつくる社会』(共編 2019 東京大学出版会)、『科学技術社会学(STS)ワードマップ』(共編 2021 新曜社)など著書多数。

 

福島真人

 

小松 仁