東京工業大学 科学技術創成研究院の西森秀稔特任教授は、世界で現在、唯一商用化されているD-Waveシステムズの量子コンピューターの原理となる「量子アニーリング方式」を考案した人物だ。量子コンピューターの現在地と今後の展望、これから頭角を現すであろう若きイノベーターへの期待についてコメントしている内容が興味深い。
・「ゲート方式に関しては、昨年グーグルが量子超越性を達成したと大きく報道されました。グーグルは、53量子ビットのゲート方式の量子コンピューターで非常に特殊な乱数を発生させるアルゴリズムを実行したところ、スーパーコンピューターでは1万年かかる計算を数分で解いたといっています。IBMは反論していますが議論は収束しており、量子超越性が達成されたことはほぼ事実だと思います。」
・「ただ、グーグルの量子コンピューターが実行したタスクは乱数発生で、実用性はありません。コンピューターは役に立たないと意味がありませんので、役に立つことを量子コンピューターができるのはいつか、という話になってきます。現在は、どのアルゴリズムを使うと実用的なことができるのか、これを皆が一生懸命に検証しているところです。」
・「有名なのはShorのアルゴリズムという、素因数分解をするアルゴリズムです。現在使われているRSA暗号は桁の大きな数の素因数分解が難しいことを安全性の根拠としていますが、このRSA暗号がShorのアルゴリズムによって破られるようなことがあれば、それは量子超越性です。ただし、それは恐らくこの先20〜30年は達成できません。」
・「実際のところ、Shorのアルゴリズムを実行するには、数千万〜数億量子ビットが必要だと考えられています。グーグルが53量子ビットですから、これまでの進歩のスピードをそのまま続けたとしても最低20〜30年はかかるのです。」
・「本当の意味で稼いだ人はいないと思います。ですから、ゲート方式の開発におけるここ5〜10年の大きな目標は、小さい量子ビット数、例えば100とか200の量子ビットの量子コンピューターでも役に立つタスクを見つけ出すことです。そこへ向けて、量子シミュレーション、量子化学計算、組み合わせ最適化問題などのいろいろなアルゴリズムの開発が急速に進んでいます。ただそれも、実現できるかどうかは『わからない』というのが正しい。」
・「利益が上がることが保証されていないのに、IBMやグーグルのほか、Rigetti Computingのようなスタートアップが一生懸命開発しているのはなぜか。それは、最初に実用レベルに達した企業はシェアを『総取り』できるから。先行者利益が非常に大きいのです。
量子化学計算が成功すると、創薬や材料の開発が急速に進むようになると期待されています。ビジネスとの関わりでいうなら、暗号を破るよりもこちらを実現したほうがマーケットははるかに大きいです。それが5年、10年のスケールで起きるかもしれない。」
・「まずアニーリング方式では、カナダのD-Waveがハードウェアでトップを走っています。商用化されているマシンはそこだけ。アメリカと日本、EUで国家プロジェクトが走っており、それぞれ独自のアニーリングマシンを作ろうとしていますが、商用化には至っていません。アメリカはこれまで3年ほどかけてきて、今後も5年は続けるとしていますが、5年後にD-Waveと同程度のものができているとは、私には思えません。D-Waveは商用化から10年、会社設立から20年経っており、かなり先行しています。」
・「基本的に各国が開発を進めているのは、主にゲート方式の量子コンピューターです。
中国は、開発がかなり進んでいると聞いています。国家プロジェクトもあるようですが、情報がはっきりとは表に出てきません。主に量子通信、量子暗号に力を入れているらしく、主に軍事用途だと考えられます。兆単位の資金をつぎ込んでいるとも聞きます。また、アリババも独自に開発していて、それ以外にも関心を示している企業は少なくないようです。」
・「アメリカでは、20年ぐらい前から複数の国家プロジェクトを継続的に立ち上げ、年間数百億円単位の投資をずっとしてきていると聞いています。国家プロジェクトの役割は基盤となる技術の確立で、商用化は企業に任せるのがアメリカのスタイル。グーグルやIBM、ハネウェルなども、最初から自分たちだけでやっていたわけではなく、国家プロジェクトと密接に関連しながらやってきたものが表に出てきているということです。
欧州もEUとして、あるいはEU各国がかなり力を入れています。日本は国としてのプロジェクトは数年前から始めたため、全然追いつけないというのが現状です。」
・「中国は、やはり人材が非常に豊富です。人口が絶対的に多いこともありますが、アメリカに多数の中国人がいて、彼らを呼び寄せている。留学生のほか、大学や研究所にいる非常に高度な技術を身につけた人材と共同研究する、または彼らを引っ張ってくるという形で急速に力を伸ばしています。5、6年前、中国はこの分野ではほとんど存在感がありませんでしたが、あっという間に日本を抜き去りました。」
・(先生がお考えになる「イノベーター」の条件とはどのようなものですか。)
「ある意味での『鈍感力』。周りや流行を見ないで、自分の考えや信念にこだわり続けられること。そういうものがないと、非常に大きいことはできないと思います。
日本が戦後、急速に発展したのは、戦争で上の世代の人たちが公職から追われて、若い人が実権を握っていったからだという話があります。足かせがなくなって、手探りではあるけれど、自分の頭で考えられて、周りの空気を気にせずに好きなことをやれたと。
戦争に比べればコロナ騒ぎは小さいですが、かなりの常識が壊されつつある。ぜひそこをうまく利用して、若い人に頑張ってほしい。」
IT起業研究所ITInvC代表 小松仁
