『新潮』10月号
平野啓一郎さんの今後の著作活動から目が離せない。
・では、どうやって生きたらいいのか?を考える上で、まさに考えるべきはここだと見定めました。そうして出てきたのが「分人」という概念です。人は誰しもどこかに「本当の自分」という中心を持っているようにこれまでは信じてきたけれど、そうじゃない。人は個人という分割不可能な統一体として存在するわけではなくて、相手や状況に合わせて分化する複数の人格、すなわち分人の集合体でできているという考え方ですね。近未来のアメリカを舞台にした『ドーン』では、この分人主義を全面的に展開しました。
・分人主義では、対人関係ごとに人格があると考えます。それぞれの分人は外界との関係性によって規定されていくので、その人の置かれた環境が大きな影響を及ぼすこととなります。つまり、自由意思がどこまで可能なのかといった、一種の運命論的な主題に導かれていきます。
そこで、次の作品では、時代なり状況なりに非常に大きな影響を受けて、運命に翻弄される人間という主題に力点を移していこうと考えました。ここから第四期が始まり、僕はこれを「後期分人主義」と呼んでいます。
・大きなテーマとしては、テクノロジーの発展と現実世界の関係性を考えるという、これまでにも取り組んできたものの延長線上にあります。人工知能(AI)の進歩は凄まじくて、ヴァーチャルリアリティ(VR)や拡張現実(AR)がこれからどんどん実用化されていくことになるでしょう。すると、現実とは異なるヴァーチャルの世界での、自分の分人の存在感がますます大きくなっていく。現実はつらいから、もう人生の大半の時間をVRの世界で生きてしまおうという人が出てきたっておかしくはない。
・小説の物語としては、愛する母親を亡くした息子が、とある企業に依頼して母そっくりの存在を仮想空間につくり出してもらうことになっています。そんな設定の中で、テクノロジーの進展が人間関係や死生観にどんな影響を及ぼすか、探っていこうと思っています。
・新作でAIやVRを扱うというと、SF的に思われるかもしれませんが、既に現実はすさまじいスピードで進みつつあります。2030年代を描いた『ドーン』も、十年前には一種のSFだったかもしれませんが、今では極めて現実的に感じられると思います。小説というのは本来、それが書かれる時代や現実の社会と不可分なものです。どれほど幻想的な話を書いたとしても、根っこには確固とした現実認識がなければ、受け入れられないでしょう。
IT起業研究所ITInvC代表 小松仁
