「脳内活動の可視化が切り拓く未開の地平~ブレインテックの動向」(情報通信総合研究所原田 昌亮研究員)が面白い。

https://www.icr.co.jp/newsletter/wtr365-20190829-harada.html

 

 

・頭のなかで考えたことを、手を使わずに文字にし、また声すら使わずに意のままに家電を動かすことができる。そんな未来が現実のものとなりつつある。これを可能にするのが、先端技術を駆使して脳の活動を可視化し、ビジネスなどに活用するテクノロジー「ブレインテック」である。

 

20194月、カリフォルニア大学の研究グループが、人の思考を解読し音声言語に変換する新技術を開発。その変換速度はこれまでの上限(1分間に8語)を大きく更新し、1分間に平均150語を達成したとの報道があった。

 

・また、2019131日にも、東京大学先端科学技術研究センター、自治医科大、NICT(情報通信研究機構)らの研究グループが、脳波からてんかん発作を検出する人工知能(AI)の開発に成功したと発表している。

 

・あわせて、既に201712月には、ATR(国際電気通信基礎技術研究所)と京都大学の研究者チームが、fMRIfunctional Magnetic Resonance Imaging:機能的核磁気共鳴画像法)によって視覚化した人間の脳の活動をAIで分析することで、脳内にあるイメージを画像として出力することに成功している。

 

・脳内活動へのテクノロジーの応用は、1960年代に、BMIBrain-Machine Interface)の研究として進められた。その後1970年代には脳内チップが普及、「視覚障害者に視感覚を与える治療」に活用されたのを始めとして、80年代には脳内チップを利用して外部から脳に電気刺激を与えることでパーキンソン病などの症状の改善が期待できる「DBSDeep Brain Stimulation:脳深部刺激療法)」が登場するなど、着々と成果が報告された。その進化が飛躍を遂げるのが、2000年代初頭、「ブレインゲート」という脳をインターフェース化する技術の登場だ。脳内チップにより脳波を読み取り、脳波が示す意思のとおりに外部のコンピューターを動作させるもので、米サイバーキネティック社とブラウン大学が共同で実施した2012年の臨床試験では、四肢麻痺の患者の脳波を読み取ったロボットアームが患者の口へジュースを運ぶことに成功している。

 

・米国ではオバマ大統領が「The BRAIN Initiative」プロジェクトを始動、予算としてアポロ計画やヒトゲノム計画に匹敵する規模の年間3億ドル以上を割り当てた。イスラエルでは前大統領のシモン・ペレス氏が「Brain Nation」の概念を掲げ、Israel Brain TechnologiesIBT)の設立を主導。IBTは同年より隔年で脳神経科学分野に特化したカンファレンス「BrainTech」を主催実施しており、これが「ブレインテック」という言葉の起源となっている。

 

・同年、欧州ではEUが「Human Brain Project」をフラッグシッププログラムの一つとして採択。予算規模を10年間で11.9億ユーロとした。さらに中国も、AI研究と神経疾患研究を並行して進める「China Brain Project(一体両翼)」を開始。201630年の15年計画としている。

 

・現在、脳内活動を解明する手段としては、大きく分けて2通りの方法がある。

ひとつが侵襲的といわれるもので、機器を脳へ直接接触させて情報を取得する方法だ。代表的なものとしては、差し込み針電極を脳に差し込むものがある。

もうひとつが非侵襲的といわれるもので、機器を頭皮表面などへ接触させて情報を取得する方法だ。代表的なものとしては、fMRIEEGElectroencephalography:脳波計測法)がある。前者は脳の血流と酸素化の状況を磁性を利用して計測し、活動部位をMRI画像上に重ね合わせるもので、空間分解能(近接する部位での活動変化を異なる部位のものとして捉える能力)に優れる。後者は頭蓋に装着するセンサーにより取得したニューロンの活動電位の変化を脳波として計測するもので、時間分解脳(近接する時間での変化を捉える能力)に優れる。上述のとおり、侵襲的手法には手術という壁があることもあり、日本では主としてこちらの方法による研究が活発に行われている。

 

・ブレインテックの実用化には大きく分けて4通りがある。

1つ目は、医療分野への利用であり、うつ病などの神経性疾患、腰痛などの慢性的痛みを治療しようというものだ。

 

2つ目は、脳の情報だけで機器やシステムを動作させようとするもので、いわゆる脳のインターフェース化による機能拡張だ。Facebookは、「Brain-Typing Project」と称して、考えただけで文字入力が可能なシステムの開発を2017年のF8デベロッパーカンファレンスで発表している。また、Microsoftも思考を使ってソフトウェアを操作する技術の開発を目指しており、20181月に「ブレインセンシングシステム」の特許を取得している。さらに、イーロン・マスク氏が設立したスタートアップNeuralinkは、脳に埋め込んだデバイスにより言語を用いない意思疎通を可能にし、脳とクラウド上のAIを統合して人の能力を拡張する研究を進め、810年後の実用化を目指している

 

3つ目は、脳の状態をモニターして、望ましい脳波帯の出現を音や映像でフィードバックし、脳の自律的な学習を促すトレーニングである「ニューロフィードバック(NFB)」分野での利用である。NFBは、米国で、てんかん、うつ病などの精神疾患の治療、スポーツや音楽のパフォーマンス向上に効果があることが示され、欧州とあわせ、様々な疾患の症状改善を目的とした心理療法として保険適用になっている。

 

4つ目は、マーケティングへの活用で、「ニューロマーケティング」と呼称されるものだ。調査会社の米Nielsen2008年にニューロマーケティング事業に参入、脳波測定とアイトラッキング(視線計測)を組み合わせた「ニールセンニューロ」を開発、既に世界各国で提供している。また、脳情報通信融合研究センター(CiNet)とNTTデータ経営研究所、NTTデータは動画広告を見ている視聴者の脳活動を計測、AIを使ってその知覚内容を解読する広告評価ソリューション「NeM sweets DONUTs」(DONUTs2018年にD-Plannerへ名称変更)を2016年より提供開始し、2017年にはアウディもこれを活用している。Spark Neuro Japanも、動画広告の効果測定と改善支援を一気通貫で提供するサービス「Neuro Journey」を20193月に開始している。

 

・そう遠くない将来、血管内を移動可能なほど超極小の脳内チップが誕生し、腕の血管から注入して利用することが可能となるとする予測もあるが、近年の技術進歩の速度からすれば、あながち的外れとも思えない。現在のコミュニケーションと情報取得の手段であるスマートフォンが脳内チップに置き換わる世界の到来を予感させるものだ。

 

IT起業研究所ITInvC代表 小松仁