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三菱重工・三菱飛行機の新開発リージョナルジェット機「ミツビシ・リージョナルジェット(MRJ)」のロールアウト式典が開催され、初飛行は来年4~6月の実施を目指していると報じられている。

ものづくりに優れた文化を持つはずの日本で、そして戦後の貧しい時代にYS‐11という傑作機を開発する能力も持っていた日本で、どうして国産ジェットの開発にこんなに時間がかかったのか、航空機製造に40年の空白を作り今もリージョナル機しか手がけることができない背景について、冷泉彰彦(ニュージャージー州在住 作家・ジャーナリスト)さんが、問題は資金調達だった、それも普通の資金ではなく、長期でしかもリスクを引き受けるような資金を引っ張ってくることができなかった、この点に尽きるとしているのはよく理解できる。

技術がなかったのではない、アメリカなどから「技術大国日本」が航空機技術を持てば「軍国日本の復活」になるという「圧力」があったのでもなく、YS‐11を開発・製造していた「日本航空機製造(日航製)」は「YX」というプロジェクト名で、今でいうワイドボディの中型ジェット旅客機を開発していたが、このプロジェクトは挫折し、1982年にこの日航製という国策会社は解散に追い込まれてしまっている。

このYXプロジェクトで培った技術は、紆余曲折の結果ボーイング社に売却され、最終的にはボーイング767として実現しているが、その際の日本側の「持分」は15%以下となり、以降の日本の各航空機技術関連企業はボーイングとの関係で言えば「下請けの部品納入業者」の地位に甘んじているのが現状らしい。

ではなぜ日本で資金を集められなかったのか、1つは、日本の個人金融資産や、株の持ち合いなどによる法人の金融資産においては、「リスク分散」という発想が薄く、リスクのある長期資金がなかなか回らなかった点、もう1つは、国際的な市場で厳格な契約に基づいて資金調達をするノウハウに欠けていて、日本の企業も70年代から80年代以降は、必死に国際化を模索していたが、特に国際的なファイナンスという面では遅れを取っていた点の二つを挙げているのは、尤もだと思う。

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2014/10/post-687_1.php