
直木賞を受賞した葉室麟「蜩ノ記」を今回じっくり読んでみた。
読後感の清々しさは何とも言えない。
似たような感じを持ったのは、司馬遼太郎「蝉しぐれ」を読んだ時以来だろうか。
主要な人物である戸田秋谷は、郡奉行から江戸表の中老格用人となったが、側室と密通し小姓を斬ったという咎で切腹を賜ったが、作成中の藩の家譜作りのため、十年後までに完成させ、死罪執行という極めて変則的な処罰を受け、家族ともども村に幽閉の身の上にある、という基本設定がまず面白い。
原因となった事件の真実、藩主の家系、相続の裏、などが、家譜作りを通して、次第に明らかになっていくが、この中で、檀野庄三郎というもう一人の主要人物となる若い侍が、重要なポジションを占め、戸田秋谷の息子の郁太郎のバックアップ役となり、また、郁太郎の姉の薫と連れ添うことで、文字通り兄貴役と共に、秋谷の亡き後、父親の代役としての役割も担いそうな感じを与える。
こういった展開が、ほぼ三年間のタイムスパンの中で進行するが、結局、本来、既に亡くなった藩主から罪を解かれていた筈の秋谷が、予定通り、上に述べた段取りをやり終えた後、従容と切腹していく。
ここで、敵役の中根兵右衛門が、
「われらは(一揆を恐れ)村の百姓の子を死なせてしもうた、本来ならばわしが責めを負わねばならぬところを、秋谷はわしに代わって詫びるため切腹いたすのだ、なればこそ、村の百姓たちも秋谷の心を慮り、一揆を思い止まったのだ、藩と領民のために命を投げ出す、それが武士というものだ、と秋谷はわしをなぐって諭しおった、わしは秋谷に大きな借りが出来てしもうた、いずれ秋谷の子がわしを倒しに参るであろう、まだ元服前だというに、わしを追い詰めたあの気迫はさすがに秋谷の子だ、十年もすれば必ずわしの前に現れよう、それまで、なんとしても家老の座にしがみついておらねばな」
と述べるくだりは、全体像を明らかにすると共に、将来の見通しを示し、読むものに、辛さと共に救いを与えてくれるようだ。