本棚を一寸片づけていたら、1973年にマイルス・デイビスが来日し、東京厚生年金会館のステージを聴きに行った際購入したプロマイドが目に入り、懐かしく思い出した。
 
ジャズ評論界の草分けで第一人者とされていた油井正一氏のかなり長文のノートが載っている。
 
「(略)
ジャズでは、作曲家は問題ではなく、プレイアーの一人一人が、音楽創造に寄与してきたミュージシャンだからである。
一人一人が作曲家であり、インタープリターであり、クリエーターなのである。
数万、数十万にのぼるジャズ音楽家の中で、マイルス・デイビスの存在は、上位から五位以内に数えられることはまちがいない。
誰が数えてもそうなるという意味で、これは非常に客観的な事実だが、僕のランクでは第四位である。
(略)」
 
こうして、ジャズへの貢献度の観点から、第1位ルイ・アームストロング、第2位チャーリー・パーカー、第3位デューク・エリントンを挙げており、これら3人が世に出なかったらマイルス・デイビスの存在もまた考えられないという意味で、上記3人とランクを入れかえることは不可能としているのは、ある意味で見識かもしれない。
 
また、別の見方として「天才度」から考えると、パーカーがトップにくる、他と超絶してトップにくるとしているのも納得できる。
 
「(略」
19698月、ついにマイルスは歴史をゆるがす傑作『ビッチェズ・ブリュー』を世に問うた。
この作品の特質は、フリー・ジャズの成長と発展を横目で見据えてきたマイルスが、その10年の成果を総決算した上、そこに自分の考案を加えたものである。
電化サウンドは、彼が数年前から徐々にとり入れてきたもので、特に興味はない。
(略)」
 
こうして、最も注目すべきものとして、マイルスとウェイン・ショーターを除いてすべてがリズムセッションという編成と、ヴードゥーの音楽に発した多彩なポリリズムの集積にあり、伝統に結びつけつつ、最も新しいサウンドのトップにこれを据えた点に、歴史をゆるがす傑作たる資格があるとしている。
 
1970年代のジャズに与える『ビッチェズ・ブリュー』の影響は、まだ試算表をつくる段階にすら至っていないが、おそらく後年の史家は、1950年代に与えられた『クールの誕生』と同格、もしくはそれ以上にこの作品を評価することであろう。」
 
まさに、油井氏の予言通りの評価が現実になった訳で、この目利きともいうべき慧眼には感心させられる。
 
ところで、私も、当時まだ入社早々でこの演奏を直接耳にしたわけだが、残念ながら、また情けなくも、それほどの印象を得られなかった記憶がある。
 
この東京厚生年金会館のステージを、当時NHKテレビが放送した番組のビデオテープが、最近になって見つかったとして、暫く前に、アーカイブとして放送したのを、聴いた。
 
こちらが40年近くも人生を積んできたせいか、当時と違う感覚で楽しめ、幸福感と充実感を味わうことができた
 
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