英エコノミスト元編集長のビル・エモット氏が、日経新聞紙上で論じている内容が面白い。
大震災と復興について、長期的問題と見えるが実際には一連の短期的な問題にほかならず、人間心理と、そして国から市町村にいたる共同体の両方にまつわる問題になるという。
心理といっているのは、震災後最初の景気回復を経てから日本がたどる道のりでは、信頼感が決定的な要因となるからであり、投資に対する企業の信頼感、将来に対する家計の信頼感がキーとなるとしている。
今、日本で政治が混迷しているのは、このコンセンサスと共同体の連帯感の欠如が原因とみている。
原子力エネルギーは一つの典型例になっているが、福島第1原発の深刻な事態を目の当たりにして、多くの国民、多くの政治家が、原発はリスクが大きすぎるとの理由から反対に向かっているが、福島原発では放射線が原因による死者は1人も出ていないし、放射線汚染により早期に死に至るケースも極めて少ないと考えられることから、これは、合理的な判断とはいえないとしている。
被災した東北沿岸の市町村を復興することが合理的な対応であるのと全く同様に、大震災がめったに起きない現象であることを考え合わせれば、合理的な対応は他の原発の運転を継続することであるという。
結局、この問題は、日本では伝統的にリスクを回避するのではなくリスクに適応するアプローチが採られてきた方法に回帰し、すべての原発を閉鎖してリスクを避けるのではなく、安全メカニズムを強化改善してリスクに適応していく方法を模索することになるとみている。
日本が直面する他の2つの経済問題、第一は財政、第二は趨勢的成長率の低迷に対しても、コンセンサスはいずれ醸成されるとし、日本は何をめざすべきか、日本にとって実現可能な正しい方向として、知識、ライフスタイル、サービスの面で大国をめざすべきとし、日本の真の長期資産を本当に生かせるような事業、産業、職業に集中することであり、この真の長期資産とは、日本の人々であり、その知力であり、助け合いや触れ合いであるとしている点は面白い。
過去半世紀、日本は主に製造業に力を入れてきたが、今日の富裕な先進国ではモノよりもサービス(法務、娯楽、レジャー、マーケティング、芸術、教育、医療、観光など)の取引の方が圧倒的に多いことから、もはや現代的とはいえないし、日本文化の本質が助け合いや共同体づくりや問題への協調的な取り組みにあるとすれば、これらは工場で生み出されるものではなく、人々の協力を促し強化するような知識やサービスこそが日本的なものとして威力を発揮でき、知識、ライフスタイル、サービス大国をめざすべきであるという提言は、外国人からこその発想かもしれない。
こうした中でも技術革新といった狭い意味ではないイノベーションが必須となるが、英アームホールディングスのチューダー・ブラウン社長が、 「日本を見ていると100年前の英国に重なります。英国の製造業は競争力を失い、いくつかの産業は崩壊しました。日本企業は依然として素晴らしいモノ作りの力を持っているのは間違いないが、他国も努力を続けて差が縮まってきて、それを利益に結びつけにくくなっている。この状況を打破するには、よりイノベーションを意識する必要があるでしょう」と述べているのは参考になりそうである。
任天堂の岩田聡社長も「イノベーションは、日本ではよく技術革新と訳されていますよね。でも技術革新はイノベーションの一部です。技術進歩でお客さんにもはっきりと価値や違いが伝わりやすかった時代は、技術が即イノベーションだった。でも一定レベルになって飽和してくると、それだけでは変わらなくなる。アイデア、技術、ビジネスの構造、あるいはそれらの組み合わせか。それに世の中の人が驚いて受け入れてくれたら、後から『あれがイノベーションだった』と言ってもらえるんじゃないでしょうか」と言っている。
これまでは消費者はモノが壊れたり故障したりすると修理せずに捨ててしまい、新しい製品に買い換え、メーカーは消費者が買い換えることを前提にモノを作り、大量生産・大量消費の社会が形成されてきたのに対し、モノを大事にする日本人のスタイルから、「長寿商品」を作るという発想の転換、故障しにくく修理しやすい、長持ちする長寿商品のモノ作りを花王の元会長常盤文克氏が提言しているのも、上のような構図にはまってくるように感じる。
