6月下旬から7月上旬にかけ、ドイツを周遊してきた。
まずフランクフルト経由でベルリンに入ったが、黒く見える森が予想以上に多いことと、ここかしこに風力発電の設備が見えたのが印象的である。
旧東ドイツ領域では、太い水道管が一部地上に設置してあるのが珍しい。
ベルリンでは日本同様30度の暑さの中、ペルガモン博物館、ベルリンの壁の跡など見物した後、ベルリーナバイセンビールを飲む。
夏至に近い時期の上、緯度が高く、さらにサマータイムで1時間前倒しということで、10時過ぎになっても明るく、時差ぼけ解消には悪い。
ポツダムでは、世界遺産サンスーシー宮殿、ツェツィリエンホーフ宮殿を訪れ眺めを楽しむ。
マイセンでは、磁器工房・博物館を見学、マイセン磁器の手作り工程を順番に見て周り、職人マイスターの手作業の見事さに見とれる。
また、マイセン陶磁器でできたオルガンの演奏を聴いたが、音色が素晴らしい。
第2次大戦で破壊されたが見事に復旧したドレスデンの街並み、ゼンバーオーパー(ザクセン州立歌劇場)、シュタールホーフ外壁の「君主の行列」(マイセン磁器タイル製)の眺めを楽しみ、ツヴィンガー宮殿、アルテマイスター(絵画館)で、ラファエロの「システィーナのマドンナ」、フェルメールの「手紙を読む少女」、「やり手婆」、ジョルジョーネの「まどろみのヴィーナス」などをじっくり観る。
大戦の空襲で破壊されつくした建物、文化を何十年もかけて修復したドイツ人の国民性に敬意を払う。
ワイマールに移った頃から気温が10度そこそこに下がり、おまけに雨が続き、持っていった衣類を皆重ね着してその上に雨具を着るといった状況になる。
それでも、やはりビールということで、ピルスナービールを飲んだが、この旅では、この後、白ビール他各地のビール、各地のワインを楽しんだ。
ゲーテがカール・アウグスト公に招かれ生涯の大半を過ごし、又「ワイマール憲法」でも知られるワイマールでは、ゲーテハウス、シラーの家、ゲーテとシラーの像などマルクト広場を中心に歩き回る。
神聖ローマ帝国ハインリヒ2世時代の宮廷、司教都市の世界遺産バンベルク旧市街では、ドーム広場の大聖堂、新宮殿、旧宮殿などを見て回る。
ずんぐり丸みを帯びたボトル、ボックスボイテルが有名で力強く男性的な辛口ワインであるフランケンワインを飲む。
自由都市として栄え今も中性の面影を色濃く残しているローテンブルクでは、城壁内に宿泊し、早起きして城壁外のドッペル橋から旧市街の眺めを楽しみ、マルクト広場の市庁舎、聖ヤコブ教会の「聖血の祭壇」などを見学、さらに市議宴会館にある仕掛け時計マイスタートリンクを楽しむ。
これは17世紀30年戦争時代、ここを占領した皇帝軍の将軍が、3リットルのワインを一気に飲み干せば、ローテンブルク側の参事会員たちの首をはねるのをやめてもよいというのを受け、市長が飲み干して窮地を脱することができたという故事にならったものである。
相変わらず10度そこそこで寒い。
歌劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」や戦後のナチ戦犯に対する裁判でも有名なニュルンベルクでは、大きなゴシック様式の聖ローレンツ教会、カール14世と7人の選帝侯の仕掛け時計のある聖フラウエン教会などを見て回る。
教会内に、日本の大震災向け義捐を呼びかける日の丸と説明文があり、有難いと感じる。
ドナウ河畔の古都レーゲンスブルクでは、大聖堂の見事なステンドグラスを楽しむ。
丁度、現地の高校生の100人規模の集団が卒業記念写真を撮るらしく男女とも正装して歩いていたが、遠目には皆背が高く大人にしか見えなかったが、近くで見ると、それなりに童顔もあり面白い。
ミュンヘンからホーエンシュバンガウのノイシュバンシュタイン城に向かう途中、牧場家屋にソーラー設備が備わっているのが目立ち、先の風力発電風景と合わせ、ドイツの自然エネルギー志向の強さを改めて感じる。
ノイシュバンシュタイン城は、流石に世界の観光地のせいか、各国の観光客が多い。
ヴィースの世界遺産巡礼教会は、「鞭打たれる姿のキリスト像」が涙を流したという奇跡から建てられたもので見事な内装である。
ミュンヘンは、バイエルン州都で、ベルリン、ハンブルクに次ぐ第3の大都市で、マリエン広場の新市庁舎、バイエルン州立歌劇場、バイエルン王家の本宮殿だったレジデンツ、夏の離宮だったニンフェンブルク城他を見て回る。
ここはやはりビヤホールということで、ホーフブロイハウスで食事とビールを楽しむ。
ロマンチック街道の北の起点ヴュルツブルクは、医者のシーボルトの出身地でもあるが、世界遺産の大司教宮殿レジデンツや大聖堂などを観て回る。
古城街道沿いには文字通り古城が多いが、ホテル、レストランなどになっていたり、廃墟として打ち捨てられているものもあるらしい。
ライン川の支流ネッカー沿いのハイデルベルクはドイツ最古の大学の町であり、若い学生の割合のせいか、道でライブがあったり他の町より活気が感じられる。
聖霊教会、市庁舎の建つマルクト広場、何度となく破壊を経験したハイデルベルク城、ネッカー川にかかる石組みのカール・テオドール橋や旧市街などを歩き回る。
ところで、ドイツ人は他の国々と違って大型犬が好きなようで、小さい犬は殆ど見かけないが、よく訓練されているようだ。
どこの街中でも、窓際のプランタンに咲いているのはゼラニウムで、虫除けになるらしく実用的なドイツ人らしいと感じる。
また、現地在住の日本人によると、税金は高くEU内のお荷物ギリシャ救済にまた税金が上がるのはかなわず、通貨のドイツマルクの復活を望んでいる由。
また、緑の党が唱えてきた原発廃止を今回メルケル政権が採用したが、ドイツが偉大な先駆者となるか、場合によっては世界の笑い者になってもよいという意識があるようだ。
途中、ワインの試飲など楽しみ、さらにライン川沿いの小さな町リューデスハイムでは、「つぐみ横丁Drosselgasse」と呼ばれる通りを暫く散策後、サンクト・ゴアに向けライン川クルージングを楽しんだ。
相変わらず寒く、上はウィンドウブレーカーを兼ねて雨具を着る。
クルーザーは思ったより大型だったが、船上に出ていると、寒さに耐え切れず、下の船内で温かいコーヒーを飲んだりする。
途中、いくつも古城が遠望できよい眺めだが、ローレライは噂通り、未だしである。
ケルンでは、何といっても、途中休みがあったとしても600年以上かけて完成したゴシック様式の大聖堂を先ず見るが、157mという高さに圧倒される。
最終地点フランクフルトFrankfurt am Mainは、ドイツの商業、金融の中心であり、米国ニューヨークに倣い、マインハッタンとも呼ばれるが、ゲーテの生まれた町でもある。
帰る頃になってまた暑くなってきたが、今回の旅では、最初と最後が夏、間が冬といった天候で、体にとってはかなりのストレステストを味わったが、全体としては十分満喫できるものだったし、ドイツ人の国民性、暮らしぶりは、私達日本人とやはり相性が良いと感じた。
国土は日本より一回り狭く人口は少ないが、日本の有効活用面積も狭く、さらに少子化で人口が減少していくことを考えると、ドイツという国の生き方をもっと研究すべきと改めて感じてきた。


