NRI(野村総研)の常務執行役員山田澤明さんがイノベーションに関し、面白い話をしている。
欧米やオーストラリアの法体系の基礎概念は、コモン・ロー(判例法、不文法)で判例の積み重ねを重視し、「規則がない場合は何をやってもいい」ということに通じる。
一方、フランス、ドイツ、日本の法体系の基礎概念は、シビル・ロー(大陸法、成文法)で法令に根拠を求める考え方で、「規則がないうちは何もできない」傾向がある。
ハーバードビジネススクールの日本のイノベーション投資に関する論文に、コモン・ローの国と比較して日本では新産業が育ちにくいという指摘があるらしい。
勿論、こうした制度上以外にも、例えば米国では知識ではなく考え方を教えるというように学校教育の違いも大きいだろう。
確かに、よく言われるようにSONYに出来ずにAppleが実現したiPod やiPadにおけるコンテンツビジネスでは、PCやインターネットの活用に加え、音楽や書籍の著作権の問題も同時に解決しなければならなかった訳である。
また、電通国際情報サービスの飯田哲夫さんが紹介しているように、IBMのパルミザーノ氏によれば、まずInventionがあり、そこに適用方法に関するInsightがあって、それはInnovationに至るという。
過去から現在に至る書籍に登場した用語を集積し、キーワードを入力すると、その登場頻度が折れ線グラフとなって表示されるGoogle LabsのBooks Ngram Viewrを使ってInnovationとInventionを入力して表示させてみると面白い結果になるという。
Inventionの方は、産業革命が始まって間もない1770年頃にピークを迎え、そこから18世紀を通して緩やかな下降線を辿るが、Innovationの方は、Inventionよりずっと小さいながらこれを追うようにして1790年頃に最初のピークを迎え、以降20世紀中盤まで緩やかに下降していく経過で、まずInventionがあり、それにInsightが加わったInnovationが続くというパルミザーノ氏の指摘の通りだという。
ところが、InventionにInnovationが連動する動きは、1940年頃に消失し、むしろ対称的な動きへと変わっていき、さらに1970年頃を境としてInnovationはInventionから主役の座を奪い取り、21世紀初頭に最盛期を迎えるが、最近はInnovationの衰退とともにInventionが復活の兆しを見せているようだ。
飯田さんは、1940年以降の動きは基礎研究を軽視してInnovationを重視する姿勢を反映するものと解釈でき、2000年を超えた頃から、そのツケが回ってきたということかもしれないとしている。
何ごともイノベーションと言っていればよかった時代から、もう一度基礎に立ち返るべき状況にさしかかっているのかもしれない。
