最近行われた英国の選挙で、実質的には初めて2大政党制から第3党がキャスティングボートを握り連立政権となる事態になったが、保守党、自民党の両党主とも若く、今後に、困難はあると思うが期待を抱かせる展開に見える。
 
国内に目を転じると、夏の参院選に民主党から女子柔道の谷亮子、自民党から元巨人軍監督の堀内恒夫、たちあがれ日本から元巨人軍選手の中畑清ら各氏が出馬するというニュースが流れている。
 
小沢幹事長が、本音はどうか判らないが、1000万の票に相当するなどと持ち上げているようだ。
 
担がれている本人たちはどんな意識でいるのか一寸興味がある。
 
小田嶋隆さんがご自身のブログで、一寸皮肉をこめて次のような面白い論を展開している。
 
スポーツ選手の競技生活はおどろくほど短く、引退したスポーツ選手は、ちょっと厄介な存在になる。
普通のサラリーマンで言えば、若手社員ないしは新米営業マンぐらいであっておかしくない年齢で、彼らは、「名選手」「達人」「有名人」のオーラを身にまとった状態で職業上の老後を迎える。
競技の現場を離れた有名アスリートの名声は、まさに「虚名」であり、政治が目をつけることになる。
 
選挙において得票をもたらすのは知名度のみであって、政治単位としての抽象的な機能を果たす上では、人間の内実はむしろ邪魔になるかもしれないから、名前が大きいのであれば、人間の中味は希薄であってもかまわない。
看板にとって大切なのは、面積の大きさともう一つは厚みの薄さだとすれば、デカい看板は、ぜひとも薄っぺらであってくれないと重くてかなわない。
 
選挙は、スポーツ選手の知名度を具体的な権力に変換するための有力な装置だ、というよりも、ピークを過ぎたアスリートの知名度は、別の何かに変換しないとたちまちのうちに衰亡してしまう、だから、彼らは焦る。
そこに、政治家はつけ込む、かくして、アスリートと議員という、最悪の組み合わせが実現するわけだ。

エネルギー保存の法則によれば、位置エネルギーは、ほとんどあらゆるエネルギーに変換することができ、力学的には、高い場所にいるということは、「転落にともなう利得を貯蓄した状態」であるというふうに評価できる。
高い場所にある水が持っている位置エネルギーは、ダムを介してタービンを回すことで、電力に変換できるし、丘の上にある自転車は無動力で走ることができる、だが、位置エネルギーは、転落という過程を通じてしか変換されない。

何かを得るためには、何かを失わなければならない。
エネルギー保存則の隠された意味は、そういうメッセージを内包している、とすれば、上昇のための燃料として、アスリートは、大切な何かを失っているはずなのだ。
 
ある意味で辛らつな見方かもしれないが、選挙民は得てして表面上のイメージ、虚名に左右されやすいのが現実でもあり、この夏の参議院選挙では、自らもCleverな投票者でありたいと思っている。
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