
主人公の一人磯山香織、16歳の超時代錯誤的な熱血武道少女は、宮本武蔵を崇拝し剣道以外頭になく朝から晩まで鍛錬にいそしんでいるが、ある時何のためにこんなことをしているのか、武道などやっていても意味がないのではと迷い始める。
これで思い出すのは、今放映中のNHK「龍馬伝」の中で、坂本龍馬が江戸に剣術修行のため藩から派遣されていた間に、ちょうど黒船が来航し、目の前にその巨大さ、威容を見たとき、兵法などやっていて何の意味があるのか、ぶつかったらひとたまりもないと呆然とし、無力感に陥ったことが出てくる。
たぶん、このような疑問というのは、多分昔からあったようで、「武士道シックスティーン」にもよく出てくる宮本武蔵の「五輪書」地の巻にも、「世の中に、兵法の道をならひても、実の時の役にはたつまじきとおもふ心あるべし。其儀においては、何時にても役にたつやうに稽古し、万事に至り役にたつやうにおしゆる事、是兵法の実の道也。」とある。
(世上、兵法を習得しても実践の用をなさぬという考えがある。その点については、いかなる時も実践的に役立つよう訓練し、あらゆることについて役立つよう教えること、これこそが本当の兵法の道なのである。)
[神子侃(ただし)氏訳]
戦国の混乱が終結し徳川の治世が始まると、単純な戦闘術としての兵法の意味合いから、変質していくわけであるが、武蔵自身、剣術だけの「小の兵法」には満足せず用兵の道である「大の兵法」を志していたので、後世もその著したもの、さらに極めてストイックな絵画などが愛されている所以だろうと思う。