
生前は特に大ファンというほどではなく、ただその音楽と踊りのパフォーマンスを楽しみ、エチオピア難民救済チャリティーUSA for AFRICAでの“We Are The World”をライオネル・リッチーと共作したりなどの、社会性にも感心したりしていた。
その後、整形手術やその他メディアからのバッシングもあり、こういった人材は、例えば、エルビス・プレスリーと同じように、若いうちに燃焼しつくしてこの世を去るのかなと思ったりしていた。
結果的には、やはり50歳といっても全く年齢を感じさせない状態で亡くなったわけである。
映画の中で、共演希望の若者が世界中から応募に駆けつけ、マイケルと一緒の舞台に立つことへの願望を実に素直に述べ、実際、リハーサルの途中でスタッフが激情のあまり涙を見せながら、マイケルのパフォーマンスに見入っている風景を観ると、如何に人を引きつけてやまない魅力があったのかを教えてくれる。
スタッフ全員と「皆、家族で一緒だ。We are all one」と言っている様子が非常に印象的である。
彼自身は、最近恵まれない環境に置かれる中、自分はステージの上が好きで、文字通りそこで1年中暮らし死にたいといった趣旨の言葉を残しているという話を聞いたことがあるが、まさに本音だったのではないかという気がする。
冒頭に述べた言葉とやや矛盾するかもしれないが、舞台のリハーサルのさ中に、このように世を去ったのは、あるいは本望かもしれないと感じもするのは、余りに日本人的情緒だろうか。