
ジャーナリストの佐々木俊尚さんが、これに関連して、地方から都会に出てくる人間をパターン化している。
ひとつは、都会に出て成功する上流層で、東京の優秀な大学に進学して出て行った、上昇志向の若者たち。
次は、地元に残る下流強者ともいうべきもので、力のある不良は地元に残り、自分が優位に立てる場所を築いてふんぞり返っていられる。
さらに次は、地元から排除された下流弱者その1で、ネット経由で社会と接続した人たち。
最後は、地元から排除された下流弱者その2で、ネットでも社会に接続できず、絶望的な孤独に陥っている人たちで、今回の秋葉原事件の犯人はこれに相当している。
ところで、佐々木さんがさらに面白いコンセプトを展開している。
「しばらく前、硫化水素で自殺者が相次いだとき、アマゾンで興味深い現象が起きた。
トイレ用の洗剤として良く知られている商品を調べると、『この商品を買っている人はこんな商品を買っています』というレコメンドに、自殺に関する書籍が多数表示されるようになったのだ。
ついでに書籍と並んで、『薬用入浴剤』『天然湯の花』『特大ポリ袋』『結束ロック』『タイマーコンセント』などの商品もお勧めされていた。」
「アマゾンで硫化水素の原料を買った人たちは、『この商品を買った人は自殺本も買っています』というアマゾンの表示によって、自分と同じように人生に悩み、絶望し、自殺というオプションを現実的な選択肢として考えている人たちの存在を知り、自分と同じ人生の最後を選ぼうとしている人たちの存在を、おぼろげながら認識している。」
「『私たちは世界とどう向き合っているのか』という構造を可視化していくと、それは中間共同体を生み出すのと同時に、『実はあなたは世界とこうつながっていくんだよ』というヒントを与え、人の存在論的不安を和らげる効果を持つようになるのではないか。」
こうして、Web3.0ではないが、情報を軸として構成されるある種の中間共同体が意識、形成され、その把握とコントロールを賢くやれれば、この社会の一寸異常にひずんできた面を緩和できるかもしれないという示唆を含んでいないだろうか。